そうしている深町は、至福のひとときを過ごしている。
音楽をする人にしか分からない感覚であるが
これは、現実逃避でも何でもなく
心が幸せを感じる方法はひとつでない、と言う事だ。
例えば、ジャズ・ミュージシャンなら
ジャズ、と言う音楽の言葉に乗って、自分のマインドを浮遊させる
その時、ミュージシャンたちと、ジャズ、と言うコモン・ドメインで
感覚を共有する。
例えばそれは、love,と言うドメインで
恋人と共有する感覚とそれほど差はない。
心がエクスタシーを感じるトリガーは、ひとそれぞれだからだ。
だから、この時の深町はとてもハッピーだった。
ひょっとして、満たされぬ愛に苦しむよりも幸せかもしれない。
恋愛とて、対象の中に自己の愛を投影させ、
互いにそれを共有する、と言う崇高なパターンに持ち込める例は
至極稀れなケースだ。
大抵のカップルは、一見幸せそうに見えても
実はそうでもない。
対象との感覚、愛、と言う言葉の違いにギャップを感じながら
無理に合わせているにすぎない。



