それにしても、母さんは遅いな。厄介事に巻き込まれてなければいいけど。

「ひーちゃん、ごめんねっ……。
知り合いに会っちゃって……」
母さんが謝りながら近づいてくる。
「大丈夫だよ」
僕は薄く笑いながら告げる。

「……ふふっ、ありがとう」
母さんは笑いながら、僕の手に飲み物を掴ませる。
「ありがとう」
僕はしっかりとお礼を言って、ペットボトルの蓋を開ける。

ゆっくりと口に近づける。
唇に飲み口が当たり、飲み物を口に運ぶ。
「今日の晩御飯、どうしよっか?」
母さんは小さく笑う。

「ひーちゃん、食べたい物ある?」
食べたい物、か。
ないんだよな、食べたい物とか。

普通に腹は減るし、嫌いな物もあるし、
食べることは好きなんだけど、
いつだって食べたい物はない。

「……うーん」
僕は考えるフリをしながら、
別のことを考えていた。

ハルちゃんは変わり者だったな。目が見えない僕にも、偏見なく関わってくれた。
そんなことは初めてだった。
普通に接しているつもりなのだろうが、僕にとってみればみんなの態度はやっぱり同情じみているんだ。

自分より劣っている奴を見て優越感を感じているような、強者になったような感情を抱いている。
少なくても、今までの周りの人はそういう人が多かった。優しさは確かにあったが、そういう感情も確かにあった。

「オムライスでいい?
ケチャップ抜きで」
母さんが不安そうに聞いてくる。
「うん」
僕は小さく笑う。

「じゃあ、帰ろっか。左手、触るよ?」
母さんは僕の手に触れる。
「うん」
僕は右側にある白杖を握る。僕は立ち上がって歩き出す。周りの人の視線は気になるけれど、僕は『これ』が僕だから。