水分はある程度、拭き取れたと思う。
「お風呂出来たから、入りな?」
そう言いながら、私を抱きかかえた。
「あ、歩けます」
私はバタバタと足を動かす。

その人はびっくりしたみたいで、じっと私の顔を見る。
「床濡れるのやだから。我慢して」
私はぴたっと動きを止める。
その人はすたすたと歩き始める。

綺麗な床。潔癖症?ってやつなのかな。
「まだ、小学校入ったばっかでしょ。
そんな気を遣わなくていいよ」
ガラガラと引き戸を足で開ける。
「五年生です…」
私は小さな声で告げる。

優しくバスマットの上に降ろされた。
「え?」
その人は、驚いたように私をじっと見た。

「まぁ、詳しい話はあとからでいいや。
一人でお風呂入れる?」
「だいじょうぶ、です」
私は床を見ながら話す。

「まぁ、ここで待ってるから。
なんかあったら、扉叩きな」
「だ、大丈夫ですよ?」
「お風呂入りながら話すればいいじゃん」
「な、なるほど」 

私はよくわからないまま、従うことにした。なんというか、言葉自体は冷たいんだと思う。けれど、優しい人だということはわかった。女の人は何かを取りに行ったみたいだ。

その間に服を脱ぎ、浴室に逃げ込んだ。
服は何も入っていないカゴの中にたたんで入れといた。浴室も必要最低限の物以外はなかった。家とは違って、真新しい浴室でなんとなく緊張してしまう。

カタンと、扉が音を立てる。
「ひっ」
小さな悲鳴が浴室に響いた。
「あ、ごめん。私だから安心して」
女の人が浴室と脱衣所を分ける扉に寄りかかった音だったらしい。

「ご、ごめんなさい」
「いいって。石けんとかシャンプーとか好きに使って」
私は言われたとおりにする。

髪を洗ってから、ホットケーキの匂いがする石けんを、じっと見る。
「ホットケーキ...」
「あぁ、それ身体洗うやつ」
くんくんの匂いを嗅ぐと、女の人からしてた甘い香りがした。