唸っていたのは、嫌な記憶のせいなのだろうか。
ぐすぐすと、鼻をすする音。
「わたしは、ないちゃ、ダメ、だから」
「どうして?」
僕は優しく声をかける。

「おか、さんのほうが、くるし、から。
おとうさんの、ほうが、くるしい」
泣きながらも話してくれる。
「そっか」
僕は優しく頭を撫でながら続ける。

「じゃあ、僕の前では無理しなくていいよ。僕には泣いてるかどうかは、見えないから。ね?」
「で、でも……」
僕は雪絵さんをぎゅっと抱きしめる。

「えっ!?」
「苦しくない?」
「く、苦しくないけど……」
僕は混乱している雪絵さんの頭を撫でる。

「無理しなくていいから、さ?
いつものお礼をさせて?」
僕はふわりと笑う。
「お礼?」
雪絵さんの不思議そうな声。

「そう。いつも助けてくれるお礼」
「たいしたこと、してない」
「僕はすごく助かってるんだよ?」
ワシャワシャと頭を撫でる。

雪絵さんは、弱々しく僕に抱きつく。
「心臓の、音」
ぽつりと呟く声は、普段の何倍も弱々しかった。

ふと我に返ると、急にドキドキしてくる。
好きな人が自分の腕の中にいるんだ。緊張しないわけがない。

「お、落ち着きましたか?」
「少し……」
僕が離れようとすると、雪絵さんがぎゅっと僕の服を掴んだ。

「もうちょっとだけ、ぎゅー、してて…」
「わ、わかりました」
僕は言われた通りに雪絵さんを抱きしめた。