栗山先生は帰っちゃうし、雪絵さんはなぜかいるし、授業が始まりそうだし。
チャイムがなると同時に、扉が開く音。
「また、あなたですか」
呆れたような声で、先生は言う。

「古寺ちゃんでーす」
雪絵さんが、腹が立つのもわかる。そして、先生が関わりたくないというのもわかる。
多分、世間体というものはこういった『自由奔放』を許さないのだろう。教師という立場と生徒という立場なら、なおさらだ。

「部外者は出て行きなさい」
「部外者?生徒だけど?」
なぜ、僕だけが取り残されたんだろう。栗山先生は、こうなることぐらいわかってたはずだ。

「ここは、有村くんの教室です」
「一人で授業なんて、家庭教師と同じじゃん。一緒に勉強することで、協調性がどうのこうのって言ってたので千代先生ですよね」
「山田先生です。教師を名前呼びしない」
「失礼しました、山田先生」
雪絵さんって、気が強いんだ。

「問題児の古寺 雪絵が授業を受けに来たんです。快挙だと思いますけどね」
「古寺 雪絵のクラスはここではありません。授業を受けたいならば、クラスで受けなさい。即刻、この教室から出て行きなさい」
なんの戦いなんだ、これは。

「あれれー、どったのー?」
気の抜けたような声。
「あ、秋兄」
助けにならなさそうな人が助けに来た。
鈴宮 秋人さん。お兄ちゃんの先輩だったらしい。何してる人なのか、いまいちわからない。

「なにがあったのー?」
「えっと、なんかわからないんですけど、喧嘩が始まりまして」
「へー?有村兄弟はモテモテだねー」
ケラケラと笑う。

「もててませんよ。もてるわけないじゃないですか」
「んー?卑屈じゃだめだよー」
大きな手で頬をのばされる。

僕は眉間にシワを寄せる。
「あららー、怒ってるー?」
秋兄は僕の頬から手をパッと離す。僕は自分の頬をさする。
「僕だって好きで、卑屈になってるわけじゃない」
僕は小さく呟いた。

「ふーん?」
ガシガシと頭を撫でられる。
「わっ、ちょっ」
「大きくなったな。陽斗」
気の抜けたような声ではなく、昔のお兄ちゃんと真剣に話してた時の声。

「じゃあねー。
俺は俺の目的を達成してくるわー」
いつもどおりの気の抜けた声に小さく笑う。
待て。問題を解決してくれるんじゃないのかよ。

まだ、先生と雪絵さんは討論している。
どうしたら切り抜けられる。
喧嘩の仲裁なんてしたことないし、僕はため息まじりに机に伏せた。

『今起こっている現状より、おおきいものを起こすんだ』
『おおきいもの?』
『世界を騙すんだ』

僕は頭を上げる。
秋兄とお兄ちゃんの会話を思い出す。

今起こっているよりも、それを上回る衝撃を生み出せばいい。二人の怒りを上回る怒りってなんだ。

考えても考えても、解決しない。そうなれば、やってみるしかない。当たって砕けろだ。

僕はバンッと机を叩く。音の大きさに自分でも驚く。手のひらがヒリヒリする。

静まり返る教室。

「あの、授業しましょう」
精一杯の笑顔でそう告げた。
「ご、ごめんなさい」
「すみません」
解決はしてないが、喧嘩は収まったようだ。