僕には見えないけれど

目覚まし時計が鳴り響く。
ため息をこぼしながら、学校に向かう支度をする。

「あらあら、今日の足取りは重いわね」
母さんがクスクスと笑う。
「嫌なものは嫌なんだ」
僕は膨れながら身支度を整える。

家のチャイムが鳴る。
「えっ、早くない?」
「そうね、雨だから早めに来たのかしらね?」
僕はワタワタと支度を急ぐ。

「あら、千秋ちゃん」
「お久しぶりです」
「栗山先生?」
色々と考えなきゃいけないことが、同時に起きてキャパシティーがオーバーしそうだ。

「そっか、先生になったのね!
雰囲気は、昔のままね」
母さんは楽しそうに言う。
「え、あの…」
困惑気味に栗山先生は言葉を探しているようだった。

「私、謝らなきゃいけない」
「ひーちゃん、支度できたの?」
栗山先生の言葉を遮るように、母さんが僕に言う。僕はコクコクと首を縦に振る。

「今度、ゆっくりまた来てね。
土日は家にいるから」
優しい声で母さんは言った。
「ぅ、はい!」
栗山先生がはっきりと告げる。

「いってらっしゃい」
「いってきます」
僕は栗山先生の車に乗り込む。

「あの、どうして栗山先生が?」
車の中は、ふわりと優しい匂いがした。
「んー、気まずいかな?とか思って気を遣ったつもり」
ケラケラと笑いながら栗山先生は言った。

「栗山先生のほうが、気まずいんじゃないですか」
「痛いとこつくなー」
僕なんかより自分のことを心配すればいいのに。

「ちゃんと、話さなきゃいけないって思ってたから」
はっきりと放った言葉には、使命感みたいなものが感じ取れた。
「でも、やっぱり緊張はした」
栗山先生の深いため息に笑ってしまう。

「笑うと、陽太そっくり」
その声は、優しくて僕は困ったように笑った。
「そうそう。昨日のココったらさ、家でもひーちゃんの話するんだよ?」
嬉しいような、恥ずかしいような、僕はむずむずとした感情を顔に出さないように必死だった。

「最近、ココが楽しそうなの。
ひーちゃんのおかげなの。ほんと、ありがとね」
改めて言われると僕もなんて返せばいいかわからない。
「こちらこそ、です」
僕は軽く頭を下げる。

登校中に先生と話すの、初めてだ。