栗山先生に送られ、僕は学校のことを母さんに話した。すると、母さんは「そう。お友達を守れてよかったわね!」と嬉しそうに言ってくれた。

「ねぇ、母さん」
僕はお茶を飲みながら尋ねる。
「なぁに?」
「雪絵さんのこと思うと胸がドキドキしたり、苦しくなったりするんだ。雪絵さんを支えてあげたいって思うんだ」
カシャン、と何かが落ちる音。

「...母さん?」
「ん、あぁ、ごめんごめん!
その気持ちは大事にしなくちゃダメよ?」
母さんは台所掃除をやめて、椅子に座ったようだ。

「その気持ちはね、『恋』って言うのよ」
「恋?」
「母さんにできることは、何でも言ってね。母さんも頑張るから」
その言葉はすごく重く感じた。

「今度、雪絵さんに会わせてね」
ふふっと笑って僕の髪をなでた。
「明日も早いから、早く寝なさい」
僕は頷いて自分の部屋に向かった。

僕が、恋。
こんな僕なんかが恋をしていいのか。
僕が誰かを幸せにできるのだろうか。
誰かを好きになっていいのだろうか。

「わかんないや...」
僕は小さくつぶやいた。

誰かに助けてもらわなきゃ生きられない僕が、誰かを幸せにできる方法ってなんだよ。
僕は、周りの人を傷つけてばかりじゃないか。笑わせるなよ。

苦しんている人に何もできないのに、苦しんでいる好きな人に何もできないのに。

「人を好きになるって苦しんだね...」
お兄ちゃんもこんな気持ちになってたのかな。僕はこの気持ちを、いったいどこに捨てればいいんだろう。

すべての気持ちに鍵をかけてしまえればいいのに。そうすれば、誰かを傷つけることもないのに。
僕は芽生えてしまった思いに、押し潰れそうだった。

不安しかなかった。自分のせいで、雪絵さんを傷つけるのは嫌だった。泣いている雪絵さんに何もできない自分が嫌だった。
好きなのに悲しんでいる彼女に何もできない自分が情けなかった。