昼休みはくだらない話をして過ごした。
午後の授業を淡々に受けているときも、雪絵さんのことが頭から離れなかった。

「はい。今日はここまでです。
車の手配をするのでしばらくここで待つように」
事務的なやりとりも毎日だ。先生が教室の扉を開けると声が聞こえてきた。

「だから、行きません。しつこいです」
「たまには、いいじゃないですか。
お話したいこともありますし」
「私にはありません」
なんとなくだが、栗山先生の苛立っているような声に少し驚く。

栗山先生と男の人の声がする。
「江本先生さ、しつこいよ。ホント」
雪絵さんのいつもより数段低い声が廊下に響く。
廊下の温度が一気に下がるような感覚。


「また、あの子……」
先生の呆れたような声が聞こえた。
「古寺さんがどうかしたんですか?」
「あら、知っているのですか?」
驚いたような声で、先生は言った。

「ありがとう、ココ〜」
「別に、ちーちゃんがはっきり言わないからむかついただけ」
彼女らしくて、僕は小さく笑ってしまう。

「あ!ひーちゃんじゃん!今帰りー?」
「なるほど、あなた経由で知り合ったのですね。納得しました」
先生が機械みたいに淡々と話す。

「どういう意味」
雪絵さんが冷たく言い放つ。

「古寺雪絵は栗山先生になついていて、いろいろ面倒事を起こす問題児です。ですから、今後関わらないように。有村くんもわかりましたね?」
なんだよ、それ。自分の仕事を増やされたくないだけじゃないか。

「ちょっと、その言い方は」
「いいよ。ちーちゃん」
小さく呟く声は、昼と同じ消えてしまいそうに弱々しかった。

「彼女は、無意味に人を傷つける人ではありません」
「は?」
「え?」
驚いたような声で雪絵さんと先生は、僕のことを見ている気がする。

「彼女の何を知っているというのですか。少なくとも有村くんよりかは、私のほうが彼女の問題行動のことを知っています」
栗山先生も雪絵さんも黙っていた。問題行動は確かにあったものだと認めているようだ。

「それは問題行動を起こしたという情報でしょう?彼女の気持ちを、行動の真意を知っているわけではないですよね?
それに、行動だけで彼女を決めつけないでくださいと僕は言っているのです。
彼女に謝ってください」
僕は、にこりと笑いながら言い放つ。

先生は押し黙り、カツカツと靴を鳴らしどこかへ行ってしまった。
「明日から、どうしよう」
僕はその場に座り込む。

「ひーちゃん、すごくイケメンだったよ!
明日からなにか言われたら、私を呼びなさい!何だったら、保健室で授業してあげる!」
栗山先生が僕を抱きしめる。
「馬鹿じゃないの。勉強できなくなったら、お母さん悲しむでしょ」
雪絵さんが僕の頬をつまむ。

「でも、ありがと」
ぺしっと頬を叩かれる。
「思ったことを言っただけだよ」
僕はにへっと笑う。

「ココ、涙目〜」
「うっさい!はげ!」
「はげてませーん」
僕が二人のやりとりに笑い出すと、三人で笑い出した。