初めての出来事に僕は呆然としていた。
ガタガタと机が音をたてる。
「ここで授業受けてたんだ」
雪絵さんが不思議そうにつぶやいた。

「今はここ、空き教室だし?
前までは、選択教室だったらしいよ?」
「ふーん」
「うっわ、興味なさそう」
「まぁ、興味ないし」
本当に仲がいいんだな、この二人は。

「ひーちゃん、全然食べてないねー」
栗山先生はウリウリと僕の頬をつつく。
「おなか、へらないので」
「だから、細いのか」
雪絵さんが羨ましそうに言う。

ピピピッと機械音が鳴る。
「うぇ、呼び出し」
栗山先生がパタパタと外に出ていく。

「ちーちゃん、髪切ったんだよ。
腰まで伸ばしてたのに、今は肩につくぐらいの長さ」
雪絵さんが淡々と呟く。

「香水もやめて、化粧もやめて、よく笑うようになった。
だから、先生からも生徒からも人気がさらに急上昇」
「そうなんですか」
お兄ちゃんの話していた【野々宮 千秋】そのものだった。

「あたしが好きな、ちーちゃんにはもう会えないのかな」
悲しそうに雪絵さんは笑った。
僕は困ったように首を傾げる。

「人を思うって苦しいね」
その声は消えてしまいそうなか細い声だった。

抱きしめてあげたい。貴女の居場所すらわからない僕には、消えてしまいそうな貴女を抱きしめてあげれない。

「ごめんなさい」
僕は小さく呟く。
「そんな、悲しそうな顔しないで」
雪絵さんは困ったように笑った。

どうして、目が見えないんだろう。
どうして、雪絵さんの姿を見ることができないんだろう。
苦しそうに笑う女の子に、かける言葉が見つからないのだろう。

苦しくて、切なかった。