雪絵さんの唸り声が響く。
「うぅーん...」
困らせるつもりはなかったのに、困らせてしまったようだ。

どうしても、『好き』という感情がわからなかった。テレビから聞こえてくる会話で、何度も耳にしたことがある『愛してる』という言葉。

愛してるってなんなんだろう。形があるものなのだろうか。気持ちなのだろうか。どんな時に、どんな相手に使うのだろうか。考えれば、考えるほど僕にはわからなかった。

仮に僕が誰かを『好き』になったとして、相手が幸せになれる保証なんてあるのだろうか。
僕に誰かを愛する資格なんて、あるのだろうか。

考えれば、考えるほど。
僕には縁のない話だと痛いほど痛感させられた。

「ごめんなさい。変なこと聞いて。気にしないでください」
自分で言っていて矛盾していると思う。
自分から質問しておいて、やっぱりいいです、なんてそんなことを学校でしたら、嫌な顔をされるんだろうな。

「え?」
驚いたような声で雪絵さんが言う。
「困らせてしまって、ごめんなさい」
僕は、なんともないように笑った。

少しは、『恋愛感情』に興味がある。
人を好きになるということは、どういう気持ちなんだろう。好きな人がいるときは、どんな気持ちになれるんだろう。

お兄ちゃんみたいに嬉しそうに自慢したり、デートしたりするのかな。
憧れはあるが、現実的に考えると難しいものがある。

ある女の子と一緒に過ごしたことがあるが、目が見えないという事をうまく彼女は理解できなかったらしく、散々な目にあったことがある。

「ごめんね。私も、恋とか、恋愛とか全くわかんないんだよね」
ケラケラと笑う雪絵さんはどこか無理しているようで、声が少しうわずっていた。

そういえば、栗山先生が雪絵さんは『男の人が苦手』と言っていたことを思い出す。
「そうなんですか。意外です」
僕は、小さく笑いながら答えた。

「ひーちゃんとおなじだよ。
周りに興味ないんだよね。ちーちゃんがいればそれでいい」
笑っているけど、真面目な声で雪絵さんは言った。

「なんていうか、周りに合わせることはできるんだよ?一緒にいたら、笑えるし、悲しめるし、楽しいし?
でもさ、なんか違うんだよね」
僕は首を傾げながら黙って聞いていた。

「なんか、届かないんだよね。
一言は一言がどうでもいい、事務連絡みたいに聞こえちゃうんだ」
おかしいよね、と笑いながら言う。

「おかしくないよ」
僕ははっきりとそう告げる。
「僕にも、わかるから……」
雪絵さんがズズッと飲み物を飲む。