僕は何も言えずにただ、先生の言葉を待った。なぜ、そんなことを聞くのか。
なぜ、そんな悲しそうな声で聞くのか、僕にはわからなかった。

「兄弟、いたでしょ。陽斗くん」
栗山先生が明るい声で言う。無理に明るくさせようとしているのが、痛いほどわかった。僕は小さく頷いた。

「......そっか。
似てるよ、陽斗くん。陽太に似てる」
そう言うと僕の頭をぐしゃっと撫でる。
「お兄ちゃんのこと、知ってるんですか?」
僕は小さく尋ねた。

「...ふふ、そうよね。私、ずいぶん変わったもんね。わからないか」
鼻声で栗山先生が笑った。
「陽斗くんは知らなくていいわ」
僕はなんとなくわかっていた。

でも、わかってしまったら、僕は栗山先生を責めてしまう。わかっていたから、深くは追求しなかった。
「いつか、話すわ...。
ねぇ、仏壇の場所って変わってないの?
久しぶりに、会いたい」
「変わってませんよ」
僕は小さく笑って答えた。

栗山先生は、仏壇の部屋へと向かっていった。僕はただ黙って座っていた。
すすり泣く声を聞いてないふりをした。

【栗山 千秋】だから、わからなかった。声も少し、大人びていてわからなかった。結婚したから、苗字が変わったのだろうか?

【野々宮 千秋】さん。
お兄ちゃんの、恋人だった人。

僕は彼女のことが嫌いだった。大好きなお兄ちゃんを盗られたと思っていたからだ。
そのことをお兄ちゃんに話すと、笑われたことを思い出す。

この家はお兄ちゃんの笑顔中心に回っていた。お兄ちゃんがいるところには笑い声が溢れていた。
みるみる蘇るお兄ちゃんの記憶。

どんなに手を伸ばしても、届かない。
どんなに思っても、届かない。
どんなに叫んでも、届かない。
どんなに泣いても、届かない。