家につくと、僕は一人で部屋に向かう。道路と違って車のことも人のことも、気にせず歩ける。
廊下や階段には手すりが設置されている。僕が暮らしやすいように、母さんが在宅改修をしてくれたからだ。

一階からはリズミカルな包丁の音が定期的に聞こえる。
……迷惑かけてばっかだな、僕。
僕はベッドに寝転ぶ。時計の音だけが部屋に響く。

下手に音楽をかけてしまうと、母さんの声が聞こえなくなってしまう。何かあったときに、反応ができなくなる。
ぼんやりとするのは好きだが、静かな空間は嫌いだった。見えない上に聞こえないというのは、恐怖以外のなにものでもなかった。

母さんといるのは気を遣ってしまうから、一階にいるわけにもいかない。
「……居場所ってなんだろ」
小さく呟いて、僕は丸まる。

昔から、よくわからなかった。僕は人に迷惑ばかりかけていた。迷惑ばかりと言うか、迷惑しかかけていなかった。
特技も取り柄もない僕に、居場所なんてあるのだろうか。
……こんなこと、誰にも聞けないけど。

だんだん、眠くなってきた。
なんだか考えるのも嫌になってくる。

どうせ考えても答えなどないのだ。だったら、やめてしまいたい。なんの解決にもならないのなら、考える意味などないのだから。

「ひーちゃん、もうすぐ出来るよ」
母さんが一階から僕を呼ぶ。
「わかった」
僕はゆっくりと起き上がり、白杖を握り立ち上がる。

僕自身の部屋には、基本的に物は床に置いていない。歩くのに邪魔になるという理由もあるが、物の管理が出来るようにするためだ。
しっかりと置場所を決めていれば、一人で支度ができる。階段を特に気を付けて降りれば、困ることは特にない。

俺は椅子に腰かける。
「はい、おまたせ。2時の方向にお茶、
4時の方向にスプーンとおはし、
6時の方向にオムライス、
9時の方向にポテトサラダ、
11時の方向にスープ。わかった?」

手で大体の位置を掴んでうなずく。