バブル期に大儲けをした投資家であり、音楽業界の重鎮でもある『デニム山城』が亡くなった。
 96歳の大往生だった。

 葬儀は大々的に行われ、千人を超す弔問客が訪れ、そこには業界の有名人たちが一堂に会していた。
 
 弔問を終えた者たちはそれぞれに相手を探しては、ヒソヒソ声で話している。
 素直に彼の功績を称える者もいれば、自分を育ててもらった者は涙すら浮かべている。
 しかし彼の裏の顔を知る者は悪口を叩き、中には彼の死を喜んでいるかのような者もいた。

 葬式会場の裏にある狭い喫煙所で煙草を吸う男がいる。
『鷲野良太』という20年ほど前に音楽プロデュースをしていた、元ベーシスト兼ピアニストだ。
 しかし表舞台に出ることのなくなった今の彼の事を、知る者はほとんどいない。
 そして今、何をしているのかを知っている当時の関係者もいない。

良太 「小さい音楽教室をしながらどうにかやってます」

男  「へぇー。鷲野さん突然見かけなくなったから、みんな心配していたんですよ」

良太 「そうでしたか・・・。僕には向いてなかったんですよ、あの業界。ただ、どうしても葬儀に参加しなくてはいけないと思いましてね。自分にピリオドを打つために」

男  「やはりデニムさんとは何かあったんですね。あの黒川さんの件ですか」

良太 「ええ、まあ」

男  「黒川晋かぁ・・・もし今の時代にいたら、彼の才能は絶対世間に受け入れられていたでしょうからね」

良太 「あの人は少し早く生まれてしまったんです、今考えても、とても不幸ですよ」

男  「残念ですね」

良太 「ええ。だけど、やっと晋さんの夢を実現できる時が来ました」

男  「えっ?鷲野さん、何か面白いことでも?」

良太 「面白くはないですけど、晋さんに託されたことをやるだけですよ」

男  「すごいな。そのやること決まったら、ぜひ教えてくださいよ」

良太 「大したことではないです。でも、連絡しますよ」

男  「楽しみに待ってますよ。じゃあ失礼します」

良太 「失礼します」

 男が去り、良太は一人になると小さくなって、しゃがみながら煙草をふかす。
そして短くなった煙草の吸殻をドラム缶式の灰皿に捨てると、今度は大きく伸びをした。 

良太 「よし、もう一仕事するぞー。しばらくまた禁煙だ」