怖くて歩く速度を落とさずそのまま無視して歩いていると、突然頭上に傘が差し出された

慌てて顔を向けると、高校生らしき人があたしを見て首を傾げる


「え…」


「よかったら使って。俺、すぐそこやから」


「でも………」


「風邪引くで」


「でも、あなたも───」


「俺は大丈夫やから。あ、傘は要らんかったら捨てて。じゃ」


グイッと押し付けられ、あたしの手に収まる傘の柄

呆然と立ち尽くすあたしをよそに、その人は自転車で駆け出してしまった

姿が見えなくなるまでその背中をボーッと見送る

そして我に返って傘を見上げた

傘の柄も傘布も真っ黒

あたしが普段使ってる傘と違って、とても大きい


名前ぐらい、聞けばよかったな


自転車で通える高校生

となれば、ここから一番近い高岡(たかおか)高校だろうか

3年になってから塾に通い始めたけれど、今まで塾帰りに見たことはないはず

ということは、これから先も会う可能性はないのかもしれない


『よかったら使って』


ものすごくイケメンってわけじゃなかったけれど、にっこり微笑んだその笑顔はとても優しくて

その笑顔を思い出して、胸の奥からジワジワと何かが込み上げてくる

それが『恋』だと気付くのに、そう時間はかからなかった