「さあ、教えなさい」

「・・・森には、とても恐ろしい化け物がいるのです。ですから、絶対に近づいてはなりません」



根負けした杏がそう告げる。
杏の頬を冷や汗が一筋垂れる。

こんなことを話して影正になんと言われるか。
そのことが気が気ではなかった。



「あの、姫様・・・」

「わかってるわ、父上には黙っておくから安心して」

「・・・ありがとうございます」




そのことは、千代自身も承知の上だった。
父がどれほど自分を目にかけてくれているか。
外界から遮断してまで守ろうとしていること。
父の異常なまでの愛情を理解していた。

だからこそ、今まで小言のように退屈だと嘆いても強引に外に出ることはしてこなかった。





「化け物・・・。それはどんなものなのかしら」




そうして見たこともない外界の事を想像するに留める。
それが、千代の日常だった。