「一度でいいから城下へ行ってみたいわ」

「なりません。城下など、危険が渦巻いております」

「危険?そんなもの、どこにいたってあるでしょう?」



いくら勢力争いに無縁の小国だからといって、戦に巻き込まれればこの城の中だって危険だ。
今は戦国の世、安息の血なんてないのかもしれない。




「いいえ、外には危険が溢れています。森には化け物が棲みついているのですよ」

「化け物?それはいったいなに?」




杏は、目を輝かせ尋ねる千代に、口を滑らせてしまったことを後悔していた。
そのような話を耳に入れる事さえしてこなかったため、千代は世間知らずである。


話すのは杏や他の家来たち、そして父である影正や母。
限られた人たちとのやり取りで生きてきた彼女だ。
心配性の影正はそういった危険の事も千代には教えてこなかったのだ。




「いいえ、なんでもございません」

「なんでもないことはないでしょう?教えてくれたっていいじゃないの」




千代はめげずに詰め寄る。
ずいずいと距離を縮めていき、まっすぐに杏の瞳を見据えた。