【好きだから別れて】

生活していくうちにお腹の赤ちゃんは期待にこたえてくれ順調に育っていった。


健診で動く心臓の鼓動を目にするたび、ママになる喜びが増すばかりで。


常に右手をお腹にあてがい、ことあるごとにさすってしまう。


頭では産む喜びに満ちあふれていても初産で知識に乏しいあたしは、本を買い「妊娠中に食べるといい物・しちゃいけない事」など本を参考にし、試行錯誤して生活していた。


この頃、お腹の子に気がいっていたおかげでパニック障害は落ち着き過呼吸や不安感は出なくなっていて、母になる喜びの方が先にきていたのだろう。


「腹でかくなってきたね」


「男かな。女かな」


「前に突き出てるもん。きっと男だよ」


日中は学生時代あんなに謙遜していた母と会話を交わし、自然と心が和む。


夜は隣に眠る真也をそっちのけで布団に潜り、寝りに入る寸前までずっとお腹を触り


「頭はバカだっていい。五体満足に生まれてくるんだよ」


小声で呟き、願うのが儀式みたくなっていた。


赤ちゃんは申し分なく本当にあたしの期待に応えてくれてる。


小さな命が味わった経験のない幸せを運んでくれてる。


日々大きくなるお腹に戸惑いもあるが、産む決心は揺るがない。


何が何でも産んでみせる。


この子と共にあたしは生まれ変わるんだ…


その反面、思いは残酷で悠希を忘れるなんてやっぱり不可能だった。


それどころかとめどなく思いは増していく。


今置かれている現実があるのに、悠希を忘れてやしない。


悠希に学んだたくさんの愛情。


それをこれから生まれくるお腹の子に注がなければいけない。


悠希はどこで何を思い、何に感動しているのだろうか。


彼の生活どころか姿さえ見えないのに、心は追い求めている。


――悠希の優しさは誰に注いでる?あたし結婚したよ。赤ちゃんまでいるの


鳴らない携帯を見て考える。


悠希との間に繋ぐものは何もないのに。


声すら聞けない。


触れるなんてもっての他。


あたしは妻。


あたしはママ…