神社の奥の、その奥。



ここの小さなおうちはなあに?

小さい頃、明日香といっしょに宮司さんに聞いたことがあった。

この小さなおうちは温泉神社だよ。
このちいさな温泉町を、この狐さんは守ってくれているんだ。

わたしたちのことも見てるかな?

ああ。 きっとね…。


あれから10年経っても、祠の中の狐は変わらず俺たちを見ている。

「明日香」

「ん?」

「何があった」

祠の奥から吹く風が、明日香のさらさらの髪をなびかせる。

明日香はそっと俺の手を離して、
祠に向かっていった。
俺から、明日香の顔は見えない。
表情もうかがえなくなった。

「『明日香は妹』」

「え」

「って、言ったん…?片山くんに。」

明日香の声が震えていることに気づいたけれど、俺はこう返すしかなかった。

「…うん。」

そっと下を向き、目を伏せた。
自分の気持ちが、分からなかった。



「私は、ユウのこと、お兄ちゃんと思ったことないよ。」

甘い香りに目を開くと、明日香の真ん丸な瞳が、俺を見つめていた。
華奢な腕が、腰にまわる。

「ずっと好きだった。
ずっと、ユウもそうだって信じてた。」

明日香の顔が、そうっと、でも決意したように迷いなく、近づいてきた。

「明日香。」

「でも、そうじゃないなら」



お互いの息遣いが感じられるほど近くに顔を寄せておいて、
明日香はこう言うのだった。

「私は楽な方を選んじゃおうかなって思ってる。」