夏休み明けのその日、礼太は朝川中学校に転校した。


叔母であり、礼太にとっては最も逆らいにくい大人の一人である華女の命である。


早朝、言われたとおり真っ先に校長室に赴いた礼太は、異様なまでに歓待された。


白髪の校長は数ヶ月前に会った時同様、にこやかに礼太を迎えたが、それだけではない興奮冷めやらぬ様子があった。


「歓迎しますよ、奥乃 礼太くん。まさか、奥乃家の次期当主がうちの学校に来てくださるとは」


次期当主、の言葉に礼太の心臓は跳ね上がった。


校長が奥乃家の内情を知っていたことに驚き、もはや『次期当主』ではなくなってしまった自分を唐突に、生々しく思い出してしまったのだ。


礼太の家、奥乃家は、江戸初期より続く妖退治を生業とする一族である。


かつてはこの地域一帯を牛耳っていた大地主であり、今なお、その影響は根深い。


礼太は、数日前、妖退治の一族、奥乃家の当主となった。


ある事情がともない、若くしてその名跡を継いでしまったが、今のところ、実質的には礼太に一族を統べる資格はない。


その権利は、まだ華女のもとにあり、礼太は名ばかりを継いだことになる。


そして礼太が当主となったことを知るものは一族の中でもほんの少数しかいなかった。


当然、校長がそれを知るわけはないが、知っていなくてよかったと心から思った。


理由はわからないが、校長はやたら奥乃家に好意的な感情を抱いているらしい。


これ以上喜ばれても困ってしまう。


「奥乃くん、最初が肝心だよ」


担任の話を聞いている途中、いざ教室へ向かう直前、校長に言われた言葉がふと頭をよぎった。


肝心な最初を、自分はうまくやり遂げただろうか。


とてもそうは思えなかった。