寛永三年、

世は太平なり



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「そうじろぉ、どこですか」


優しい母の声に、幼い少年は顔を上げ、満面の笑みを見せた。


「おっかさん、そうじろうを褒めてください」


「まぁ、宗治郎」


ぞっとするほど美しい女は、己が子の小さな拳に握られたにょろにょろと落ち着かない動きをするものをぽかんと見つめ、慌てて駆け寄った。


「おっかさん、こいつは田んぼに悪さをするけしからん物の怪です。そうじろうが成敗してみせます!」


愛らしい利発な笑顔に、ハナは困りきった顔をした。


「こぉら、宗治郎。放しておやり、苦しそうじゃあないか」

 いとおしくてならないと宗治郎を見つめるハナの紅い瞳に、きょとんとした我が子の顔が映りこむ。
「どうして?」
「むやみに殺めちゃならない。このにょろにょろした奴だって生きてるのさ」

「……はい、おっかさん」

 宗治郎はしょんぼりしながら、素直にうなづいた。

 拳を緩めると、にょにょろは草むらの中に逃げてゆく。

 それは蛇にも似ていたが、ぎろりと宗治郎を睨む黒々とした四つ目は蛇のものではあり得ない。

「いい子だね、宗治郎」

 頭を撫でてくれる白い手は冷水のように冷たかったが、その仕草は慈愛に満ちていた。