二衣が夜寝る前に思うのはいつだって自分に対する不安だった。不満といってもいい。自分の矮小さ、とでも言うのだろうか。常に自分の前に大きな才能がいたから、どれだけ褒め称えられ、認められても足りない。 自分の未完成さに焦燥する。
だから、何も考えないで眠れるように日々肌を重ねる。

(私は弱虫だから)

何も考えたくないのだ。

5時間目の体育から帰ると、スマホに通知がたまっているのに気づいた。二衣は学校でほとんどスマホをいじらないので普段なら気にしないのだが、何気なく開いたメッセージの一つをみてまたかと思った。

(今週は災難だな)

噂が回ってからあまりなかった告白の呼び出しがこの一週間に二回目だった。しかも三年生の先輩である。既読をつけてしまったこてに後悔しながら二衣は努めて明るい返信をおくり、光成に報告のメッセージを送る。

<二衣 まただ。>
<二衣 しかも先輩
    だるいんだが>
<光成 体調悪いって帰っちゃえばー?>
<二衣 そうもいかんだろう>
<光成 まあ、今回は見にいけないや
    先約があってさ>
<光成 ちなみにどこで?>
<二衣 非常階段裏だと>
<光成 そ、頑張ってねー>

「薄情なやつめ…」

誰にも聞こえないように呟いた。

「お待たせ、二衣チャン。俺のこと覚えてくれてたかな?」

二衣の前に立つ男が馴れ馴れしく二衣の肩に触れながら言う。

「えっと、応援団で一緒だった、一条先輩ですよね。体育祭ではお世話になりました」

二衣は優等生らしく丁寧な対応で頭を下げ、一条の手から離れる。一条もそれには敏感に反応してより距離をつめた。

「そんな、他人行儀じゃなくていーよ。俺さ、あのときから二衣チャンのこといいなって思ってたんだよね。たがらさ、付き合おうよ、俺たち。美男美女で超お似合いじゃん?」

じりじりと迫られ二衣の背が校舎の壁にあたる。一条も壁に手をつき、まるで二衣の逃げ場をなくすように壁と自身ではさんだ。
二衣はうつむき、なにも言わない。山田が言っていたような振り方と全然違うと、朔良はよく見るために踊り場の手すりから少しだけ顔をのぞかせた。

「ね、二衣チャン?」

返事を欲しがって一条が二衣の顔をクイと上に向けさせた。二衣はいつもと変わらぬ口調でバッサリと切り捨てた。

「まず、腰パンがいやです。それからその茶髪とじゃらじゃらつけたピアス、女々しいですね。キモいです。髪も長すぎですし。あと、ボタンは第二までとめませんか。ネクタイも緩めすぎです。今、言った箇所を直してからもう一度出直してきてください。そしたら一条先輩にちゃんと、ごめんなさい付き合いたくないですって言いますから。私、身だしなみの整ってない人と会話したくないんで」

可愛らしい笑顔でそう言った。一条のにやけた笑いが硬直してひきつる。
そして―――

「ってめぇ!!こっちが優しくしてやったら付け上がりやがって!!」?
顔を真っ赤にして怒鳴り付ける。今にもなぐりかかりそうな勢いだ。

(あ、迫力足りなかったみたいだ)

二衣は失敗を他人事のように嘆くがもう遅い。胸ぐらを捕まれ背後の壁に押し付けられる。

(ミツはまだか…?あ、いないんだった)

光成がいないのを失念していた二衣は仕方なく自分でのがれようと一条の手首をつかみ、襟の後ろに手を伸ばす。
しかし自力で逃げる必要はなかった。

「何してんだよ!」

唐突に現れたのは、相澤朔良。クラスメイトだった。