「おはよう、橘さん。」

「おはようございます、朱本くん」

 廊下ですれ違い、他人のように光成は二衣に挨拶した。二衣もそれに応える。

「なんだか、楽しそうだ」

「良いことがあったからね」

 二衣はスキップ混じりに歩き出す。向かう先は保健室だった。

 会議中の職員室の隣。二衣がやって来た保健室では、朔良が保健教諭に腕を手当てしてもらっていた。
 踏み切る寸前、目測を違えた朔良は着地用のマットの少し先に落ちた。受け身をとったものの腕を擦りむいたのだ。
 まだ会議がある保健教諭は朔良の手当てを二衣に頼んで、職員室に戻っていく。
 消毒液でふかれた朔良の腕にガーゼをそえて、包帯で巻きながら二衣が話しかけた。

「どうして怪我したのかな」

 朔良は苦虫を噛み潰したような顔で二衣から視線をそらす。二衣が面白がってその顔を覗きこんだ。

「集中しなきゃダメなのにね」

 楽しそうに朔良をからかう二衣に被せぎみに朔良が話の腰を折る。

「テストはどうだった?橘は」

「いつも通りだよ。全教科一位。」

「すごいな。俺は総合98位だった」

「わー、笑えないね。」

「ちなみに数学は赤点」

「ヤバいよね」

 テストも明けてしばらくして、二衣が朔良に『本当のこと』を打ち明けてから二週間がたっていた。
 朔良のなかで橘二衣は変化して、よく話すようになっていた。


『納得はした。でも理解はできない』

『そう』

 二衣は悲しげに首肯した。それに食いぎみに続ける。

『だから、知りたい』

 そのとき朔良は確かにそう言った。


 包帯を巻き終えたうでを指でなぞって二衣は立ち上がる

「じゃあ、私は先に教室―――」

 二衣がそう言い終わる前に保健室の引き戸が開く。保健教諭が戻ってきたかと振り向くが、そこにいたのは樋之上真波だった。

「あれ、二衣さん」

「真波ちゃん …」

「二衣さんが手当てしてくれたの?ごめんね、ありがとう。」

「気にしないで、半分は私のせいだもの」

「え?どゆこと??」

「何でもないっ」

 朔良は慌てて立ち上がる。

「とにかくもう大丈夫だから、行こう橘。朝のホームルーム始まる」

「ん、じゃあね真波ちゃん」


 真波はスマートフォンのカメラロールを
弄って一番最新のフォルダを開いた。
 そこにあるのは十数枚の写真。どれにもかならず二衣か光成が写っている。二衣と光成が一緒にマンションに帰っていく写真。光成が色んな女の子と遊んでいる写真。そして二衣が朔良に顔を近づけている写真。

「…でもこんなんじゃまだネタにはならないよね。秀才でイケメンで人気があるんだもん。とびっきりのネタで貶めないと」

「…あとは二衣さんがあいつの味方なのかどうかがしりたいなー。」