「っ、橘二衣。」

「やだな、フルネームで呼ばないでよ。せめて橘って呼んでね」

 ニコニコと笑いながら二衣がこたえる。

(こいつ二重人格なんじゃないか…)

 それほどに完璧な笑顔で、光成の家であった時とは全く違う人のようだ。
 教室に一人残っていた朔良の元へ二衣が来た。この前とは真逆である。

「もう勉強はいいの?」

「そもそもやってないし」

「え、せっかく勉強会までしたのに」

「…なあ、そのやめてくれないか。その嘘っぽい顔。」

 耐えきれなくなった朔良が、口にする。二衣は一瞬固まるが、笑顔のまま続けた。

「ごめん、もともとこういう顔なんだ」

「そうじゃない」

 朔良が苛立って言う。
 語気は強く、荒々しい。二衣のことを考えていた分だけ積み重なったじかんが、飄々流れてしまうようだ。

「私は私だよ。嘘っぽいとかそんなのは最初からなくて、これが普通。そうでしょ?」

その笑顔は崩れない。

「ね、朔良くん。」

「…一つ聞いていいか」

「みつのことでしょ」

「うちのマネージャーと付き合ってるって聞いたんだ。」

「陸上部の?あ、樋之上さんか。」

「お前とも付き合ってるのか?
それとも――」

「みつと私は兄弟なんだよー」

「…嘘っぽい」

「嘘だからね。でも、樋之上さんにはそういってあるよ。私とみつは兄弟なんだって」

「はっ、よく信じたな」

 朔良は二衣でもわかるほどに苛立って言う。何故こんなにも感情的になるのかと二衣は不思議に思った。

「バカだね、信じたいから信じただけだよ。恋する乙女の可愛らしさだよ」

「お前もか?」

「橘もあいつのことを信じたいから信じてるのか?」

「バカだね、逆だよ」

 二衣はこの時だけ本物らしく笑った。