八月一日
「暑いですね・・・」
少年は、袴の襟を軽くつかみぴら、ぴらと扇いだ。少年の隣にいた30歳くらいの女性には、その様子はとてもだらしなく見えたのだろう眉間に軽くシワを寄せ言った。
「もうまったく、だらしないですよ!明人さん!」
「母様・・・ですが暑いものは暑いのです」
母様は、軽く溜息をついたあと何かを思い出したのか母様は、明人にもうすぐ美智影様がくると言った。
そう今日、八月一日には美智影がやってくる。何やら渡したい物があると言っていたが・・・またくだらないものでも作ったのだろうか・・・。
そんなことを考え巡らせていた明人は、急に我にかえった。
明人は、前から気になっていたことを母様に聞こうとしていたのだが暑さのせいで軽く忘れかけていたことに気づいた。
蘆辺家には父、蘆辺朔夜、母、薫、長男、一、次男、香月、三男、明人そして使用人の千枝さん
もちろん蘆辺家の当主は蘆辺朔夜だったのだかある日、朔夜は病で死んでしまった。
普通なら長男の一が当主になるはずなのだが朔夜の遺書には当主は、明人だと書いてあったそうだ。母様もその事には、何も言わずただひとこと頑張りなさいと明人に告げた。だが明人が当主になることに次男の香月は不満を抱いていた。だが、一と香月は、今では、学生寮で寝泊まりしているため大晦日にしか帰ってこないのだ。そうして明人は、わずか11歳という若さで蘆辺家の当主になったのだ。
だが、不満を抱いていたのは香月だけではなく、明人本人も当主になることに不満を抱いていた。そんなこんなで明人は母様になぜ自分が当主になったのかとたずねた。
すると母様は先ほどとは一変真剣な表情で言った。
「朔夜さんが決めたことです・・・くだらないことは考えず今は貴方がやるべきことをやりなさい」
そう言って母様は部屋をあとにした。
母様は、何かを隠しているのは明人にもわかった。けれどこれ以上聞くことは明人には出来なかった。
言いたいことは次々と頭に浮かぶのにそれを言うことが明人には出来なかった。
そんなことを考え老けているとその風は私を優しく包むかのように頬を撫でていったのだった。
私はそのまま眠ってしまったようで目が覚めると朝ではなくもう昼にさしかかろうとしていた。暑さは酷くなりその中で寝ていたせいか視界がうまく定まらなかった。蝉は世話しなく鳴きつづける。
「明人さま~、明人さま~美智影様がおいでになられましたよ~」
その世話しない声は、屋敷で働いている使用人の千枝さんのものだった。
「は~い今、行きます」
そう言って私も部屋をあとにした。
部屋を出ると廊下があり壁には、前の当主である蘆辺朔夜の自画像が飾られていた。
「父様・・・なぜ、私をお選びになったのですか?」
気づくと私は、父様の自画像に話しかけていた。とうぜん答えは返ってこない当たり前だ、これは絵なのだから。
「明人さま~」
自分を呼ぶ声にハッとして急いで玄関へと向かう。廊下を右に曲がりそして真っすぐ進むとそこにそれはいた・・・。
それは少女の姿をしていて、肌は雪のように白く、瞳は菫のような紫色、髪は綺麗な白色の長髪で、頬は薄くピンクがかっていてまるで神様のための人形のようだった。
「ん?・・・おぉ明人待っていたぞ」
「あぁ、遅れてすみません」
彼の名は、池田美智影。30歳後半くらいの白い髭をたくわえた男性だった。普通なら30歳では、髪や髭は真っ白ではないはずなのだが彼は、本当に30歳かと疑うほど白かった。前になぜそんなに白いのかと聞いたことがあった。
彼は、研究での飢えとストレスのせいだと言っていた。だからといってここまでなるかと思った。だが、そもそも30歳後半で髭をたくわえている人は滅多にいない。それだけ彼が変わっているのだと明人は心の底で思っていた。
美智影は、明人の父様の友人で明人の友人というよりもおじさんみたいな存在なのだそうだ。
父様と美智影は古くからの友人で彼の実力に父様が惚れたらしくそこからの付き合いらしい。
美智影は今、タイムマシンについて研究しているらしい。
「どうぞ、応接間へ」
「あぁ、そうさせてもらうよ。それにしても君は本当に可愛いげがないね、君がそうなったのは朔夜が死んでからだった気がするのだけれど」
美智影は長くたくわえた髭を触りながら言った。
明人は、先ほどとはうってかわって暗い表情を見せた。
「大きなお世話ですよ・・・あんなことがあって当主にもなってしまえば私だって変わります」
「そりゃ、ごもっともな答えだな・・・」
彼は、苦笑いをしながら答えた。
「・・・」
少し沈黙が続いたがすかさず美智影の言葉でまた会話が始まった。
「けどよ、お前はまだ11歳なんだぞ・・・まだ遊んでいてもいい歳だと俺は思うよ」
「遊んでいる暇は、私にはないのですよ・・・」
話をしながら歩いていると応接間の扉は、もう目の前だった。扉を開けて美智影を誘導して明人は、「どうぞ」と一言言った。
美智影は、なにも言わずそのまま応接間へと入って席に座った。
明人は、第一に気になったことを美智影に告げた。