「ねぇ、“血まみれエマちゃん”って知ってる?」
「知ってるけど……あんたそんな都市伝説信じてんの?」
「まさかぁ。聞いてみただけだよ~」
ふとした瞬間に、誰かの噂話が耳に入る。
オカルト系統の話がわりと好きな私は、声のするほうへ耳を傾けた。

“血まみれエマちゃん”。
今、世間で話題になっている都市伝説である。
エマちゃんは容姿が中学生くらいで、セーラー服を着て、いつも包丁を手に持っているらしい。
そして名前の通り、全身が血まみれでエマちゃんが殺めた人の側にはいつも「エマ」と書かれているそうだ。
エマちゃんは手紙で呼び出すことができ、手紙に書かれた、お願いされた人だけ殺す。
そして跡形もなく食べてしまうとか。まるで今までその存在が無かったかのように――。
それが、噂の内容だった。

「花梨、何ボーっとしてんの?」
「ひゃあ!? ……あ、絵茉。なんだぁ」
突然肩を叩かれる。私は驚いて振り向いた。
そこにいたのは親友である雪村絵茉。――私の、初恋の相手。
「あ、また都市伝説でしょ。“血まみれエマちゃん”、だよね。私と同じ名前とか人聞き悪いわぁ」
絵茉はぷくっと頬を膨らませる。本当に可愛い。
「気にすることないよ。そんなの偶然にすぎないし」
「うん……。他人事とは思えないけど……。今日も、血まみれエマちゃんによる殺人のニュースしてたし」
絵茉はため息をついた。

事件の概要は以下の通り。
被害者は20代男性、第一発見者は男性の妻。
妻が仕事から帰ってきたところ、滅多に外に出ない男性が家に居なかった。
テーブルの上には、赤い字で「エマ」と書かれていて、側に置いてあったフォークには男性の脳みそが付着していたとか。
男性を“食べた”としか思えない状況だった。
それが本当かのようにその他に証拠はなく、不審な点もなかった。
要するに、“完全犯罪”なのだ。

それにしても、人を“食べる”だなんて、恐ろしい行為だ。
それができるなんて、余程精神が崩壊した人間でないとできないであろう。
そんなことを考えていると、ゾクッと背中に悪寒が走った。
「花梨、大丈夫? 寒いの?」
「え? あぁ。なんか怖いなぁって」
「ニュースのこと? ……じゃあ私が抱き締めてあげる」
絵茉は私をぎゅっと抱き締める。絵茉の抱きかたはとても心地がよくて、私は温かい気持ちになった。
「絵茉……ありがと」
「うん。花梨が怯えてるところも可愛いんだけどなぁ」
「ちょっと絵茉!」
絵茉は悪戯っぽく笑ってみせた。
絵茉の笑顔を見ていると、やはり心が幸せな気持ちで満たされる。それはまるで、一種の魔法のようだった。

「なぁ。誰かさ、血まみれエマちゃん、呼んでみようぜ」
私の幸せな気分を妨害するように、突然誰かがあらぬ発言をした。
声の主はクラスのお調子者、真田睦月。
「は? あんた正気? 自分自身呼べば?」
当然、周りから批判を受ける。
「何でだよー?」
「それとも、エマちゃんが来るかもしれないから? 怖いの?」
「はァ!? 誰が怖いって言ったんだよ!?」
口喧嘩が始まり、クラスは大騒ぎ。
「怖いんだぁー!」
「お前も呼べよ」
「エマちゃんに殺されたら食べられるんでしょー?」
様々な言葉が私の回りを渦巻いていく。
その雰囲気に圧倒され、私は思わず耳を塞ぐ。
と、真田君が諦め口調で口を開いた。
「――わかったよ。呼べばいいんだろ、呼べば。どうせ都市伝説なんてまやかしなんだ。俺が証明してやる。ありがたく思えよ」
どうしてそんなことが言えるんだろう――?
私は心の底からそう思った。
「じゃ、今日呼ぶからな! あ、俺が明日学校に来たら全員から500円だから! 用意しとけよ!」
このとき、私は勇気を出して真田君を呼び止めたら良かったんだ。
後々、後悔することになるのだから。
でも、私はどうしても呼び止めることができなかった。

次の日。
真田君の席には、誰も座っていなかった……。