「御多忙だったんですね。最近どちらもお見えにならないから、心配してたんです」
私は一杯目を飲み干して、ううんと首を振る。
「違うの、マスター。逃げてたのよ私」
え?と驚いた顔のマスター。隣で正輝は苦笑している。
「私そっくりの格好したあの子、それからこの人からも」
にやにやしながらそう言うと、マスターは、ああ、と手をポンとあわせる。
「田中さんですね。そういえばあの方も最近は見えてないです」
「辞めちゃったのよ、あの子」
「え?」
今度は正輝が反応してこっちを見た。私は肩をすくめてみせる。
嵐のように現れたあの新人さんは、打ち上げ会で暴走したあと、会社に来なくなった。あとで聞いた話によると人事の部長にあの夜の間に電話して、ぎゃんぎゃん喚きまくった挙句に「やめますから!」って叫んで一方的に電話を切ったらしい。
人事では、誰だあいつを採用したのは!?って一荒れあったと聞いた。
あれは一体なんだったんだ?何かの妖精か、はたまた妖怪だったのか?と会社では噂になっているらしい。彼女は他部署の独身男性ほとんどに声をかけていたとか、でも食事まで行ったのは二人しかいなかったとか、梅沢が追い出したらしいぞ、とか、社内では色んな噂が一瞬だけ駆け巡ったけれど、翌日、つまり今日にはなかったことになっていた。
そんな子いたっけ?みたいな。
田中さん?誰それ?みたいな。



