run and hide2~春の嵐~



「御多忙だったんですね。最近どちらもお見えにならないから、心配してたんです」

 私は一杯目を飲み干して、ううんと首を振る。

「違うの、マスター。逃げてたのよ私」

 え?と驚いた顔のマスター。隣で正輝は苦笑している。

「私そっくりの格好したあの子、それからこの人からも」

 にやにやしながらそう言うと、マスターは、ああ、と手をポンとあわせる。

「田中さんですね。そういえばあの方も最近は見えてないです」

「辞めちゃったのよ、あの子」

「え?」

 今度は正輝が反応してこっちを見た。私は肩をすくめてみせる。

 嵐のように現れたあの新人さんは、打ち上げ会で暴走したあと、会社に来なくなった。あとで聞いた話によると人事の部長にあの夜の間に電話して、ぎゃんぎゃん喚きまくった挙句に「やめますから!」って叫んで一方的に電話を切ったらしい。

 人事では、誰だあいつを採用したのは!?って一荒れあったと聞いた。

 あれは一体なんだったんだ?何かの妖精か、はたまた妖怪だったのか?と会社では噂になっているらしい。彼女は他部署の独身男性ほとんどに声をかけていたとか、でも食事まで行ったのは二人しかいなかったとか、梅沢が追い出したらしいぞ、とか、社内では色んな噂が一瞬だけ駆け巡ったけれど、翌日、つまり今日にはなかったことになっていた。

 そんな子いたっけ?みたいな。

 田中さん?誰それ?みたいな。