と、いう訳で、「あの夜」の正輝からの電話は無視して、翌朝の『昨日は翔子を怒らせたみたいで悪かった』という、結局何も判ってねーじゃねーかよお前、なメールには『うん』とだけの無愛想ここに極まる返信を送っておいた。

 現在私には、ラッキーなことかなり差し迫っている自分が立ち上げたイベント企画があり、今度ばかりは亀山に迷惑をかけるわけにはいかなかったしで(マジで首になるぜ)、没頭する必要のある・・・いや、せずにはいられない仕事があったのだった。

 しかも、私の戦場は主に社外なのだ。

 そんなわけで会わないでいようと思えば会わずにすむ営業事務の田中さんとは、極力顔を合わせないように努力した。そこら辺にいる亀山や田島君をフルに使いまくって。亀山は堂々とそれについて文句を言ったけれど、彼愛飲のウォッカを瓶ごと差し出すことで口を噤ませた。田島君には「彼女といってね」と高級クルージングのディナー券を握らせておいた。小道具をいかに使うかで、営業能力は変わってくるというのが私の持論だ。

 賄賂?それが何だっていうのよ!全部全部必要経費よ!

 逃げ隠れのせいで無理な体勢が多くなり、破れたストッキングの数は半端ないけどそれだってしっかり必要経費。

 勿論ストーカーの田中さんがそれで諦めるわけがない。

 私のヒール音を聞くや否や尻尾を振って飛んでくるし、毎日必ずランチに誘われる。それを私は急にネイチャーコーリングが聞こえて(つまり、尿意)トイレに駆け込んだり、クライアントとランチなのよ~とか言って笑いながら姿を消す、というようなことを地味~に毎日やり続けた。

 雑誌で顔を隠したり。

 足音を消すためにヒールを脱いでカーペットの上を歩いたり。

 瞬発力と観察力を要求する一瞬芸のような行動を。