今日は折角あのバーに行こうと思ってたけど、それはまた今度にしよう、そう思って私は亀山を追う。あの素敵なバーには軽食は置いてあるが、今の二人はがっつり腹に入れたい気分なのだ。そうでもしなきゃイライラが高じて、今度はエレベーターを破壊しそうだった。

「どこいく?」

 エレベーターのランプを見詰めながらそう聞くと、隣で亀山が唸った。

「うーん・・・スペイン、インド、アメリカの中で」

「・・・・パエリア、カレー、ハンバーガーってこと?何なのよそのチョイス」

 ビルを出て、風を撒き散らしながら亀山と歩く。桜はもう散ってしまったけれど、少し湿度の高い湿った春の夜風が足元を吹きぬけていく。この春はついにお花見も一回しかしなかったなあ~・・・。私は正輝との幸せなお花見を思い出して、一瞬頬を緩めた。

 会社の外で亀山と一緒にいるのはすこぶる珍しいことだった。二人で乱暴にどこの店で食べるかを言い合いながら歩いていると、繁華街に入りかけたところで先を歩いていた亀山が一瞬動きを止めた。

「じゃあカレーにしよう。私、ナンとキチンでビール飲みたい・・・・亀山?」

 返事がなくて振り返ると、あさっての方角を向く亀山。だけど私の声でパッと向き直り、適当に頷いた。

「じゃ、それで。いくぞ」

「ん?何よいきなり。どうしたの」

「腹減った」

「それは判ったけど、あんた今――――――――」

 何故か動きを早める亀山を不審に思って、私は思わず彼の見ていた方向へと目をやる。ほんの一瞬だけ、ちらっとだけど。