run and hide2~春の嵐~



 ありがと、と何とか呟いて、私はこれからの予定に頭を切り替えた。

 何か、不快だったのだ。

 まだ独身なのか、と暗に落とされたことが嫌だったのではなく、何か、彼女の話方というか、そういうものが気に入らなかった。

 これ以上会話を続けるのが突然嫌になってしまったのだ。説明出来ない漠然とした不満が心を満たしていくのを感じて、私は急いで頭を振る。

「さ、行きましょ。次はアポなし訪問だから、ちょっと気合いれてね」

「はーい!」

 午後の都会のアスファルトは、照り返しが厳しかった。



 田中さんにはっきりとした不快感をもったのはそれが最初だった。

 多分、そうだと思う。

 とにかくその日はどこへ行っても彼女は「ちゃんと」顧客に可愛がられ、「あたしって営業にむいてるのかも~」と可愛らしく笑っていた。

 ふんわりとカールをいれたハニーベージュの髪の毛が揺れる。赤い唇、7センチのヒール。彼女の笑顔が瞼の裏で揺れ、亀山の言葉が頭の中で蘇った。

『梅沢が二人いるみたいだな』

 だけど私はその日は自分が不調だったのだ、と決め付けて終えることにした。生理前だし、普段よりもイライラしているのは判っている。

 今晩は正輝に会えないし――――――――とふてくされてビールをぐんぐんと飲み、最後はソファーでお涙頂戴の恋愛ドラマを見てケラケラと笑っていた。

 ・・・ああ、心がざわざわする。

 滅多にないこんな夜は、正輝にそばにいて欲しい。

 だけど仕方ないじゃない?同じ営業だけど会社が違う、あちらが忙しい金曜日の夜だ。

 それに私は一人で何でも対処出来るはず。



 だからだから、大丈夫―――――――・・・・。