「早くイギリスをやっつけましょう。オルレアンの人々の為にも」
 そして、その簡単な紹介が終わると、まだあどけなさの残る少女は厳しい表情でそう言い、ジャンを苦笑させた。
「貴女が陛下から遣わされたというのも、私達を助けに来て下さったのも分かりますが、まだ逆風で、船をオルレアンにつけられません。もう少し……」
 彼がそう言いかけた時だった。
 吹いていた風が止まったかと思うと、ぶわっという音がして、反対方向に風が吹いたのは。
「これで、オルレアンまで行けますか?」
 少し歩いてその風を受け、兜の下に垂れる綺麗な髪をなびかせてジャンヌがそう尋ねると、ジャンは目を丸くしながら彼女を見詰めた。
「行けるのは行けると思いますが、一体何をしたのです? こんな急に風が変わるなんて、ありえない……」
 すると、少女はにこりと微笑み、胸の前で十字を切った。
「きっと神の御加護です。神が早くオルレアンに行けとおっしゃっているのですわ」
「神が……」
 そう繰り返すジャンは、目の前の少女より10歳も年上だというのに、何故か手と足が小刻みに震えていた。
「ジャン様?」
 そんな彼女に、ジャンヌが不思議そうな表情で首を傾げながらそう尋ねると、彼は部下に向かって叫んだ。
「出港だ! オルレアンに戻るぞ!」
 その彼の命令にジャンヌは再び微笑んだが、それを見ていたジャンはまだ目を丸くしていた。
 俺も何度か戦場に出て、命の駆け引きをしてきたが、こんなのは初めてだ……。神がいるだなんて、今の今まで本気で信じてはいなかったが、いるのかもしれない……。少なくともこの少女は、「神」という物に愛されているんだろうと思える……。

 そして、彼らはその後、すぐ無事にオルレアンに入城した。
 記録によると、私兵を率いてきたラ・イールと共に、白馬にまたがり、先導する兵士に純白の旗に二人の天使が描かれた旗を持たせて入城したという。
 ラ・イールについては後に語るとして、ジャンヌは松明をかかげて迎えた市民達に歓喜の声と共に出迎えられたと「オルレアン籠城日誌」に書かれている。
 ――こうして、彼女は包囲されていたオルレアンに入城し、財務官ジャック・プーシェの邸宅に案内された。4月29日の夜のことだった。