ちょっとした「変化」は、トゥールで武具をあつらえてもらっているジャンヌ・ダルクにも怒っていた。彼女自身は、ここのところ、めまぐるしい変化を何度も体験していたので、それと比べると小さいものだったが。
「結婚、ですか……」
 その言葉を発しながら、彼女は目を丸くした。
「ジャンにそういう人が出来るのは、いいことだと思います。でも、既に子供まで出来たというのには、驚きました」
「まぁ、そういう計画だったからな、元々」
 弟の結婚を報告したピエールはそう言うと、苦笑した。
「最初から本当に仕組まれていたのね」
「ああ。俺がここにこうしている以上、後継ぎが欲しいということでな」
「そう……」
 うつむくジャンヌに、ピエールは申し訳なさそうに続けた。
「すまないな」
「何を謝るの、兄さん。父さん達の判断は正しいと思うわ。ジャン兄さんは兄さんと違って、頭に血が上りやすいところがあるもの。これからもっと戦いが激化してきたら、それは命取りにしかならない。だったら、あの村で幸せに家族と暮らしていてくれた方がどれだけいいか……」
「俺はずっと傍にいるから、それで許してくれ」
「許すも何も、そう言って傍にいてくれているだけで、どれだけ救われていることか!」
 そう言いながらジャンヌは微笑んだが、どこかその微笑みには力が無いように見えた。
「お前も好きな男と結婚したいだろうに……」
「その夢は、お告げを聞いて、殿下にお会いすることを決意した時から断念してるわ。だからいいの。それに、結婚して、傍目にはどんなに仲のいい、お似合いの夫婦であっても、別れるしかないこともあるみたいだしね……」
 ジャンヌはそう言うと、溜息をつき、どこか遠くを見詰めた。
「バルテルミさんとあの綺麗な奥さんのことか?」
「ええ」
 そう返事をするジャンヌは、明らかに肩を落としていた。
「あんなにお似合いで、仲のいい人達でもうまくいかないなんて、人間って難しいわね……」
「ジャンヌ……」
 彼女よりも泣きそうな表情でそう言うピエールに、ジャンヌは作り笑いを浮かべた。
「ああ、大丈夫よ、兄さん。私は、人生を悲観したりしてないから。諦める気だって無いわ。でも……人生って何なんだろうとは考えるの」
「ジャンヌ、それは……」
 顔を歪ませるピエールに、ジャンヌはどこか遠くを見ながら続けた。
「このまま進んで、王太子殿下にランスで戴冠して頂くことがフランスの為で、私がこの世に産まれてきた意味だというのも分かっているの。でも、何故だかとても、寂しくて、虚しくて……。変よね。私、何言ってるのかしら」
 そう言いながら、ジャンヌは兄に微笑んでみせたが、やはりその微笑みには力が無いように見えた。
「ジャンヌ、お前は疲れてるんだよ。色々あったからね」
 そう言いながらピエールは優しく彼女の髪を撫でた。
「ゆっくりお休み」
「そうね。そうするわ……」
 そう言うと、ジャンヌは溜息をついた。