「上出来だ」
 シモーヌがそこからいなくなると、マスターがそう言いながら、ジョルジュの前にビールがたっぷり入ったジョッキを置いた。
「こいつは、俺からの奢りだ。成長したお前へのご褒美って奴だ」
「ありがと、マスター」
 ジョルジュはそう言いながら、そのジョッキを傾けた。少し哀しげな表情で。

「ねぇ、本当にむこうに行かなくていいの?」
 シモーヌが酒場を後にしても、まだ一人でカウンターに座り、ジョッキを傾けているジョルジュをチラチラ見ながら、金髪のゆるやかなウェーブを後ろでまとめた男装の麗人は、隣の大柄な青年にそう尋ねた。
「大丈夫だよ。あいつもかなり大人になってきたみたいだから」
 いつもは他人に対して丁寧な口調の彼が、彼女には少しくだけた口調になっていた。
「まぁ、確かに、今までだったら、既に大騒ぎになっててもおかしくなかったもんね」
「だろう? まぁ、あいつもいい加減の年なんだ。落ち着いてもらわないと、困るけどな」
「へぇ~、マルクも変わったねぇ」
 ディアーヌがそう言いながら彼の顔を覗きこむと、彼は苦笑した。
「君と付き合うようになったからな」
「ちょっと、あたしのせいだって言うの?」
「いい意味で、ね。俺達がお互い、自立するきっかけをくれたんだから」
「まぁ、そう言われれば、悪い気はしないわね」
 そう言うと、じーっとマルクの顔をニヤニヤしながら見詰めた。
「そうですか?」
「そうよ」
 そう言うと、ディアーぬは彼の頬に軽くキスをした。
「バートじゃなくても、本当にいいんですね?」
「又、そういうこと言う?」
「たまに不安になるもので……」
 赤くなりながら頭を掻くマルクのその言葉に、ディアーヌの瞳が悪戯っぽく輝いた。
「じゃあ、結婚しちゃう? あたしと」
「い、いいのですか?」
「あたしはいいわよ。いつでも」
「でも、君は本当は貴族の……」
 そう言いかけたマルクの大きな唇に、彼女の白く細い指が蓋をした。
「それ以上言うと、銃をぶっぱなすわよ?」
「駄目だ、それだけは! 君の銃の腕は、超一流なんだから!」
 そのマルクの言葉に、ディアーヌは満面の笑みを浮かべた。
「マルクのそういう正直なところ、大好きよ!」
 そう言うと、彼女は何度も彼の頬にキスをした。キスマークがあちこちにつくのも気にせずに。

「やれやれ……」
 そんな奥の二人のいちゃつきぶりを横目で見ながら、マスターは小さくそう呟いて、目の前のジョルジュを見た。
 彼はというと、未だにシモーヌのことで何かを考えているのか、兄達のことには気付きもせずに、ぼうっと酒を飲んでいた。
 それを見て、マスターはほっと溜息をついた。
 残るは、バートか。まぁ、あいつのことだ。何も心配は要らないと思うが……。