赤いドレスの上に黒いマントを羽織った、金髪の美少女。だが、その表情は暗かった。
「ひょっとして、前は黒髪だったんじゃねぇか? 久しぶりだな」
 最初にその彼女を見て、そう声をかけた酒場のマスターは、小声で尋ねた。
「ひょっとして、誰か亡くなったのか?」
「いえ……フラれただけです……」
 その言葉に、マスターは一瞬目を丸くしたが、やがて小さく「そうか」と呟いた。
 コトッ。
 カウンターの前に立ち、マントは脱いだものの、まだぼうっとしているシモーヌの前に、グラスが置かれた。見ると、そこには並々と真っ赤なワインが注がれていた。
「あの……」
「俺の奢りだ。気にせず、飲みな。だが、それっきりだぜ?」
「はい……。ありがとうございます」
 シモーヌはそう言うと、グラスを持ち、ゆっくりと飲み始めた。
 それを少し離れた所から見ていた栗色の巻き毛の青年が、その横に腰を下ろした。
「シモーヌか? 髪の色が違うみてぇだけど……」
「こっちが地毛なんです。あの時は、周囲を警戒して、カツラをかぶってたんです」
「そっか」
 そう言うと、ジョルジュはチラリと彼女を見た。
「あのさ、辛いことがあって、一人で飲みたいっていうのも分かるが、本当に一人だけだと参っちまう時だってあるだろ。そういう時は、俺達を頼れよな」
 その優しい言葉に、思わずシモーヌは彼を見詰めた。
 気がつくと、その両瞳には涙が溜まってきていた。
「ふっ、言うようになったじゃないか、ジョルジュ。大人になったな」
「まぁな。兄貴にも良い相手が出来たんだ。いつまでも俺と一緒って訳にはいかねぇしな」
 そう言うと、彼はチラリと先程までいたテーブルの方を見た。そこには、彼の兄、マルクと仲良さそうに金髪碧眼のフランス兵っぽい身なりの女がいた。
「あれが、マルクさんの彼女さんですか?」
「そうだよ。お前は初めてだったな? そのうち、紹介してやるよ。あいつの気が向いたらな」
 ジョルジュのその言葉に、マスターが苦笑した。
「何だ、マルクの野郎、もうディアーヌの尻にひかれてるのか?」
「ひかれっぱなしさ。それがいいんだと。付き合ってらんねぇよ!」
 そう言うと、ジョルジュは空になったジョッキをマスターの方に押しやった。