「『試験』とやらの次は、トゥールで武具か……」
 仮の王宮となっている、シノンの中で最も壮麗な建物の正面玄関の前で、ジャンヌの兄、ピエールはそう呟くと、溜息をついた。
 彼の前には一応、そこから解放されたばかりのジャンヌが立っているが、この3週間にわたる「試験」のせいでやつれ、顔も青くなっていた。
「大丈夫なのか? 乙女(ラ・ピュセル)よ」
 そう言いながらピエールを押しのけ、ジャンヌの傍に寄って来たのは、ジャン・ド・メッスだった。
 ちなみに、ここでは「ラ・ピュセル」を「乙女」と訳しているが、当時、この言葉は「侍女」や「使用人」だったようだ。おそらく、彼女の出現によって、そういう意味にもつかわれるようになったのではないかと思う。
「大丈夫です」
 ジャンヌは精一杯の作り笑いを浮かべてそう言ったが、ジャンはまだ心配そうに彼女の顔を覗きこんだ。
「まことか? 私の前で、無理はせずともよいぞ、乙女よ?」
「ありがとうございます。ですが、今は、少しでも早く、王太子殿下にランスに向かって頂かないといけませんので……」
「そのことなのだが、何故、そんなに急ぐのだ?」
 そう尋ねたのは、ピエールだった。
 思わず彼を見る、ジャンヌとジャン。
「お前の為に武具まで仕立てて下さると言うのだ。おそらく、お前の願い通り、ランスまで行軍して、戴冠式も行って頂けるさ」
 そう言うと、ピエールは自分自身にも言い聞かせるように頷いた。
 彼は、下の兄、ジャンとは違い、落ち着いていて、あまり喋らない。現在の様に共に旅をしてきたとはいえ、貴族のジャン・ド・メッスが傍にいる時は、尚更だった。
 そんな彼がわざわざそんなことを言うというのは、深い意味があるように思われた。
「そうね……」
 それが分かったジャンヌは、そう言うと溜息をついた。
 一瞬、その表情から焦りが消えたように見えた。
「そんなことより、君の体調はどうなのだ、乙女よ?」
 そう尋ねたのは、先程のジャン・ド・メッスだった。
「はい、大丈夫です」
 そう言いながら微笑むジャンヌに、ジャンは首を横に振った。
「私には、そうは見えぬな。やっと解放されたのだ。今宵はゆるりと休むがいい」
 その言葉にジャンヌがチラリとピエールを見ると、彼も黙って頷いた。
「分かりました。そうします」
 そう言うと、ジャンヌは出て来たばかりの建物の中の部屋へと足を向けた。
「ピエール、私は彼女に厳しすぎるのだろうか?」
 この3週間というもの、ずっと尋問され、見張られていた部屋に戻って行く彼女の後姿を見て、ジャンがそう尋ねると、彼は困った表情になりながらも首を横に振った。
「いえ……。今は、その部屋に戻るしかないと思いますし、武具をあつらえて下さるという程なのです。無碍(むげ)にはされないでしょう」
「うむ」
 ジャンはそう言うと、ジャンヌの消えたドアを見詰め、眉をひそめた。
「だが、痛々しいな。あの姿は……」
「はい……」
 そう答えたピエールも、泣きそうな表情になっていた。