あの小娘……余の楔(くさび)となってもらおうと思っておったが……邪魔になるようであれば、片付けねばならぬな。まぁ、今少し様子を見るとしよう。
 シャルル本人がそんなことを心の中で思っていたとは、まだこの時は誰も思いもしなかったのだった。ただ一人、彼の腹心の部下と言われる、あのずる賢いラ・トレムイユは、直感的に感じとっていたようだったが。
「そうか。オルレアンがな……。あそこは、橋が2つしか無い。ロワール河を挟んで、南北に隔てられてしまえば、何時までもつか……」
 その日、シャルルは部下から報告を受けるとそう呟き、溜息をついた。
「陛下」
 そこに遠慮がちに声をかけたのは、頭にカトリックの司教が被る帽子を載せた白髪の老人だった。
「ああ、ギヨーム殿。どうでしたかな? あの娘との対話は?」
 本当は「対話」ではなく、「尋問」だった。流石にヴォークルールの民に慕われている少女を拷問する訳にもいかなかったが、普通の十七歳の少女が、たった一人で神学者達といえど、男達に囲まれて、色々質問を受けるのだ。怖くないわけがなかった。
「疑わしい点は、どこにもありませんでした。あの娘から感じ折れたものは、善・謙遜・処女性・新人・誠実さ・そして素朴です。他の人を騙そうとするような悪質なものなど微塵も感じませんでした」
「ほう。それはそれは……」
 シャルルはそう言うと、ニヤリとした。
「では、あの娘が神のお告げを受け、ランスで戴冠せよというのには、従った方がいいということですな?」
「ええ、まぁ……。騙しているような感じもありませんでしたし、陛下が戴冠式を行われても、あの娘には何も利点が無いと思われますので」
「確かに」
 そう答えると、シャルルはギヨームに背を向け、密かに口の端を動かして、ニッと笑った。
 それでこそ、使えるというものだ。
「では、共に連れて行くとしよう。誰かおらぬか!」
 彼がそう言ってドアの方に声を上げると、そこが少し開いて若い侍従が現れた。
「はっ」
「あの娘をトゥールに送り、武具を一式、揃えてやれ!」
「かしこまりました」
 そう言って侍従がそこを後にすると、ギヨームは目を丸くした。
「まさか、戦場に立たせるおつもりですか?」
「本人がそれを希望しておるのだ。そうするより他、あるまい?」
「まぁ、それはそうですが……」
 そう言うと、ギヨームはうつむいた。
 末の娘か孫と言っていい程、若いジャンヌのことを思い、哀れになったようだった。
「御苦労、ギヨーム殿」
 だが、シャルルはそう言うと、彼を部屋から追い出したのだった。