「出来れば、そうあって欲しいものです」
「少なくとも、そうであると民に思わせる『何か』が必要なのね?」
「ええ。今のところ、ヴォークルールの民の心は掴んでいるようですので、第一段階は合格のようですが」
「それなら、あのような処女検査など必要ではなかったのではなくて?」
「あの子の言うラ・ピュセルというのは、私達の言う侍女ではなくて、乙女という意味なのですよ?」
 そう言うシャルルの瞳は、キラリと何かを企んでいるように光っていた。
「それは、聞いたわ。だから、一生独身を貫くとも、ね。でも、あの子は、あなたの妹でもあるのでしょう?」
 そのヨランドの言葉にシャルルは少し眉をぴくりと動かすと、唇に指を当て、「黙って」とジェスチャーした。
 周囲の音を耳を澄まして聞いていたが、足音が廊下をむこうに歩いて行く音位しか聞こえないというのが分かると、ホッとした表情でシャルルは溜息をついた。
「大袈裟ね。まだそんなに気になるの?」
「私は、一度貴女の国に亡命した男ですよ? 用心深くなるのも当然でしょう」
 そう言うシャルルは、苦笑していた。その時のことを思い出していたのかもしれない。
「それはそうだけれど、ランスで正式に戴冠するのでしょう? だったら、もうあなたを脅かす者なんていないわ。イギリス以外はね」
「それはそうかもしれませんが……」
 ズキリ。
 そう言うシャルルの胸が痛み、何故か嫌な予感がした。とてつもなく、嫌な「何か」を感じたのである。何なのかはよく分からなかったが。
「あら? ひょっとして、そのラ・ピュセル(当時の意味は「侍女」)が心配なの?」
 ドキン!
 その言葉を発したのがヨランダだったからか、シャルルの心臓が大きな音をたてて反応した。
 まさか……あの様な小娘を危険だと思っておるのか? この余が……?
 彼が自分自身の心の動きに驚いて目を丸くすると、ヨランダはそれを自分の発言のせいだと思い、微笑んだ。
「大丈夫よ。貴方には私達とアラゴンがついているでしょう? あんな小娘にも、イギリスにも負けやしないわ」
「はい、頼りにしております」
 そう言って、姑にあたるヨランダにシャルルが軽く頭を下げると、ヨランダは満足げに頷いた。