「貴族なら、言うことは無いのだけれど……」
 そんな彼女をチラリと見ながらマルグリットがそう言うと、シモーヌは悲しげな表情になった。
「やっぱり、違うのね?」
「はい……。過去を遡ると英国の貴族とつながるかもしれませんが、現在は……」
「なら、急いで、シモーヌ。あの人に止められないうちに……」
 彼女のその言葉に、シモーヌは目を大きく見開いて彼女を見た。そして、ゆっくり頷くと、さっと踵を返して、ホールから外に出て行ったのだった。
「お嬢様!」
 ちょうどそのホールに面した大きなドアが閉まった時だった。ヨウジイがそう呼びながら階段を降りて来たのは。
「残念ね。あの子なら、もう行ったわよ」
「奥方様、又でございますか? 貴女様は大人しくお部屋でお休みになって下さっていらっしゃれば宜しいのに……」
「まぁ、あの人の使用人にしては、随分な言い方ね」
「貴女様のお体のことを心配して、申し上げているのです。リッシモン閣下のお子を身ごもられるお体なのですから……」
「残念ね。私では、無理よ」
「奥方様……」
 溜息混じりにヨウジイがそう言った時だった。ゲホゲホと彼女が咳き込んだかと思うと、そのまま床に倒れ込んでしまったのは。
「奥方様! 誰か、誰か!」

 シモーヌがリッシモン邸を後にした頃、ジャンヌ・ダルクはまだシノンの南のポアティエにいた。
 お告げを貰い、それを信じていた彼女としては、一刻も早くランスに行き、シャルル王太子に戴冠してもらいたかったのだが、彼が彼女に又別の試験を受けさせようとしていたのだった。彼に忠誠を誓う聖職者や神学者達に。
 そこで、結局、彼女は約1ヶ月にも及ぶ尋問を受けた上、国王の義母ヨランダ・ダラゴンの命によって、処女検査までされた。
「ジャンヌ・ラ・ピュセル――ねぇ……。まぁ、確かに、あのいでたちでは、せいぜい女官辺りだけれど、でも、だからといって邪悪といったイメージではなかったわよ。あそこまでする必要があったのかしら?」
 立派な装飾のある部屋で、ぽっちゃりした優雅な女性がそう言うと、金髪の男は振り返って苦笑した。
「あるのですよ。これから、あの者がこの私にランスで戴冠させようというのですから、それなりの者でなくてはいけないのです」
 いつもは「余」と言い、胸を張って喋るシャルルが、白髪混じりのそのふくよかな女性に対しては、少し控え目だった。
 Yolande d'Aragon(ヨランド・ダラゴン)。スペイン語では、「ビオランテ」、カタルーニャ語では「ビオラン」とも呼ばれる、現在のスペイン、アラゴン州に中世存在したアラゴン王国の王とフランス貴族の娘の間に生まれた彼女は、シャルルが南フランスに逃れてきた時に庇護し、7年程前の1422年、長女のマリーと結婚させていた。