「どうだった?」
 王族・貴族と席を共にすることが憚られた兄ピエールは、やっと戻って来た妹を見て、思わず駆け寄ってそう尋ねた。
「分かって頂けたわ。一緒にランスにも行って頂けるはずよ」
 彼女のその言葉に、周囲の者もほっと安堵の溜息をついたが、ピエールだけはその腕を掴んだ。
「少し休め。疲れているだろう?」
「そうね。今日は休ませてもらうわ」
 ジャンヌはそう言うと微笑んで見せたが、彼にはそれがとても力無い、うわべだけの笑みのように見え、胸が痛かった。
 ……本当にこれで良かったのだろうか?……
 何度も彼の脳裏をよぎった疑問が、再び彼を悩ませた。

「ああ、帰っておったか」
 立派な屋敷の大きい扉を開け、綺麗なドレス姿のシモーヌが中に入って来ると、書類に目を通していたアルテュール・ド・リッシモンがそちらを見て微笑んだ。
「何か御用があるとお聞きしておりますが?」
「ああ、例の少女は無事に陛下とお会い出来たから、今後は私の部隊の一員として働いてもらうということだ」
 書類をまだ手にしたままで彼がそう言うと、シモーヌは顔をしかめながら、アルテュールに歩み寄った。
「ですが、兄上、まだあの方は陛下とお会い出来たとはいえ、正式にその地位を認めてもらえたというわけでは……」
「陛下は、公式にお認めにはならぬだろう。それに、その娘、天使のお告げを受けたとか言っておるそうではないか」
 少し怖い表情でアルテュールがそう言うと、シモーヌは困った表情になった。
「確かに、私もその点には驚きました。ですが、悪い娘ではないようです。読み書きや体術も私が教えると、素直に学ばれ、今では陛下に書簡をお送り出来る程までになられたのです」
「読み書きはいいが、体術は要らぬな。農家の娘に戻るのであれば」
「兄上!」
 そう言うと、シモーヌは彼が書類を置いている机をドンと拳で叩いた。
「では、何故、陛下にお引き合わせになられたのです? 最初から陛下があの子を公式にお認めになられぬと思ってらっしゃったのでしょう?」
「陛下には、不義の子だという噂があるのは知っておるな?」
 その言葉に、激高していたシモーヌも落ち着いた表情でアルテュールを見詰めた。
「まさか、それで……」
「本物が出てくれば、陛下も少しは落ち着かれると思ったのだ」
「そんな……。そんなことの為に、あの子は……。酷い!」
 シモーヌが今にも泣きそうな表情でそう言うと、今度はアルテュールが顔をしかめた。
「お前も分かっておらぬ! 一国の王が噂に踊らされ、自暴自棄になったり、人を信じられなくなると、どれだけ国を危うくするかを!」
「分かります、それ位!」
「いや、分かっておらぬ! まこと、分かっておると申すのなら、先程のようなことは申さぬはずだからな!」
「そんな……。国の為なら、一人の善良な少女がどうなっても構わないとおっしゃるのですか?」
 そう言うジャンヌの目には、涙が溜まって来ていた。