「いよいよか……。気をつけていけよ」
 実際、ジャンヌがシャルルに謁見を許されたのは、彼らがシノンに入って三日後のことだった。
 そして、その朝、穏やかな兄ピエールは、そう言ってジャンヌの背中に声をかけた。
「分かっているわ」
 シノンに入った時の男装から娘らしいドレスに着替えたジャンヌは、そう言うと振り返って兄に微笑んだ。
「では、参ろう」
 こじんまりした修道院の入り口で彼女が来るのを待っていたジャン・ド・メッスとベルトラン・ド・プーランジーがそう言いながら彼女を挟むようにして立つと、彼女は短く「はい」と返事をし、歩き始めた。
 神様、どうか、あの子をお守り下さい。これ以上、怖い思い、つらい思いをせぬよう、お守り下さい。お願いします……。
 ピエールはその後姿を見送りながら、胸の前で十字を切り、心の底から祈った。
 まさか、その彼女が、数年で処刑される運命にあろうとは、思いもせずに。

 ざわざわっ。
 一段高い所に創られた臨時の玉座には、誰も座っていない大広間。
 その大きな扉が開き、一人の少女が入って来ると、そこにいた貴族達は物珍しそうにその少女を見詰めた。
「あれが、ヴォークルールで噂になっているという少女か」
「まだ子供ではないか!」
「噂になっているからといって、こんな子供に何が出来ると言うのだ?」
 そんな綺麗に着飾ってはいるが、偉そうな男達の声が聞こえた。
 だが、それでもジャンヌは前にゆっくり進んで行った。周囲を見回しながら。
『もし、陛下がお会いして下さるとしても、すんなりお会い出来るとは思わない方がいいでしょう。陛下は気難しいお方ですし、人をあまり簡単に信じられないお方です。何らかの方法で試されると思った方がいいでしょう』
 シモーヌの落ち着いて綺麗な声が、そんな彼女の頭の中で響いていた。本当は、その言葉は、彼女から送られてきた手紙によるものだったので、声が聞こえるはずなどなかったのだが、読み書きも出来なかった田舎娘の彼女に、ゆっくり、丁寧に教えてくれた彼女のことを思い出すと、自然に声まで聞こえてくる気がし、それが彼女を落ち着かせていた。
 そんな時、ピタリと彼女の足が止まった。
 光の加減のせいか、それともイギリスとの戦いで疲れていたからか、少しくすんだ色に見える金髪に、それより少し濃い色のうっすらと伸びた髭。
 ジャンヌと目が合ったのは、そういう青年だったが、彼は貴族達の後ろの方に立っていたので、洋服までは見えなかった。
 だが、そんな彼の方を彼女が立ち止まってじっと見詰めていると、彼の前にいた貴族達は道を開け、二人を交互に見詰めた。
 それに青年が少し顔をしかめると、その左頬のほくろも少しだけ横にひっぱられた。