「そうなのですか。でも、どうか、跪かないで下さい。貴方と奥様には、お世話になったのですから」
 それを見て、慌ててジャンヌがそう言い、バートに近寄ると、それを傍にいたジャン・ド・メッスが止めた。
「世話になったのは、私どもも同じです。その様な者とあまり仲良くなさらないで下さい」
「その様な者って、私も農民の出ですが……」
 ジャンヌが困った表情でそう言うと、ジャンは怖い表情で首を横に振った。
「貴女は特別です! うちの娘を助けて下さいましたし、何より御自分でおっしゃったでしょう? フランスはロレーヌの森の少女によって救われる予言を知らないのか、と」
「それは……」
 ヴォークルールの守備隊長に面会を求める為に、確かに言ったが、それとこれとは違うだろうと言いたげなジャンヌは、チラリとバートを見た。
『余計なことは言わないで、逆らわないで下さい』
 黙って、真っ直ぐ彼女を見るバート――バルテルミの表情がそう言っていた。

 パッカパッカッパッカ。
 ――結局、ジャンヌは大人しくメッスの言う通り「伝説の乙女」となって、ヴォークルールの市民が贈った馬にまたがり、バルテルミことバートは従者として、後ろの方からついて行くこととなった。
 それはそれで、最初から予測のついたことだったので、彼にとっては良かったのだが、それより1つ気になっていることがあった。
 「それ」は、彼の前、そしてジャンヌのすぐ後ろを歩いていた。
 あれは確か、兄貴の方だったよな? 何で、何時の間に変わったんだ?
 彼が気になっているその男は、先日までジャンヌの傍にいた末の兄のジャンではなく、その上のピエールだった。
 ジャンより落ち着いた表情と雰囲気。少し伸びた髪。
 そんな彼は、ジャンヌへの想いを隠すことなく、嫉妬もあからさまに見せていたジャンとは違い、落ち着いていて、必要以上のことは言わなかった。だから、メッスの従者となったバートがわざわざ彼らのことを聞けずにいると、何も分からないままだったのである。
 まぁ、それでも、人づてに先日までいた弟の方は、病気になった母親に呼ばれ、家に戻って行った、とまでは聞いていたが。