「まぁ、良い気分ではないでしょうね。ですが、興味は持って下さいましたよ。来たら、会って下さるとのことでした」
「そうか……」
「ですので、私達がリッシモンの手の者だとはバレないようにせねばならないかと」
「バレないようにって、お前はリッシモンの……」
 バートが目を丸くすると、シモーヌは首を横に振った。
「実の父はジャンです。リッシモンの兄の」
「じゃあ、この間の手紙の封は……」
「父の印を使いました。父はリッシモン程嫌われてはいませんので」
「そうか……」
 まだ若く、しかも美人だというのに、こんなにもしっかりしているのは、その複雑な家のせいかと少しバートが同情した時だった。
「だから、バートにお願いがあるのです」
「お前からお願いだなんて、久しぶりだな。言ってみろ。出来るだけ聞いてやるから」
「ありがとう。では……」

「まさか、その頼みってのが、一緒にシノンに行ってくれ、だなんてな……」
 シモーヌと久しぶりに再会し、共に過ごした日から一週間程経った日の朝早く、バートはそう小さい声で愚痴りながら苦笑していた。
「おい、何をブツブツ言っている? 乙女がもうすぐ来るというのに」
 そう言いながら彼に近付いて来たのは、綺麗な甲冑に身を包んでいる男だった。
「申し訳ありません。ちょっと妻とやりあったもので……」
 バートがそう言って作り笑いを浮かべると、相手の貴族らしい男は哀しげに微笑んだ。
「妻がいるだけでいいではないか。私など、亡くしてしまったのだからな」
「すみません」
「謝らずともよい。今は、乙女を守ってくれれば、それで」
 男がそう言いながらちらりと人ごみのむこうを見ると、バートはその横顔を見ながら心の中で呟いた。
 これが、あの少女を屋敷に誘ったというジャン・ド・メッスか。まぁ、あのお嬢ちゃんに邪な想いは抱いてなさそうだが、それにしても……。
 バートはぐるりと周囲を見回した。
 そこには、メッシともう一人、プーランジーという貴族階級の男がいたが、他には伝令のヴィエンヌ、弓兵のリシャールの他には誰もいなかった。メッスとプーランジーには、バートのような傭兵あがりの護衛もついていたので、合計十人といったところだった。
 この人数が多いとみるか、少ないとみるか、微妙なところだな。
 フランス国王に会いに行くこともあって、「バート」ではなく、「バルテルミ・バレッタ」と名乗っている男がそう心の中で呟いた時だった。
「バートさんも来て下さったんですね!」
 そう言いながら人ごみの中から、男性用の服を見に纏い、剣を腰にさしたジャンヌが現れたのは。
「今は、バルテルミ・バレッタと名乗っております」
 バートはそう言うと、ジャンヌの前に跪いた。