「ああ、来ましたか」
 そう言って微笑みながらジャンヌを修道院の中庭で迎えたのは、中年で少し貫禄がある女性で、何故か全身黒ずくめだった。女性なので、ドレスにレースのついた帽子だったが。
「お待たせしました」
「よいのです。相手がそなたなら、待たされても構いません」
 そう言うと、女性は微笑んだ。
「何せ、私の大事な孫を助けてくれたのですからね」
「助けたなんて、大袈裟です。私は何もしておりません。新鮮なハーブで塗り薬をお造りしただけです。ここの修道女様達にも手伝って頂きましたし……」
「ふふふ。そういう謙虚なところも気に入っているのですよ。今度、うちの屋敷にもいらっしゃい。息子にも紹介しましょう」
「ありがとうございます。そのうち、お邪魔させて頂きます」
 そう言って、ジャンヌがシモーヌに教えてもらったレディーのお辞儀をすると、大奥様と呼ばれる女性は、首を横に振った。
「そのうち、では駄目ですよ。この週末にでもいらっしゃい」
「ですが、大奥様……」
「ここの守備隊に入って、共に戦おうとしているのでしょう? 私が知らぬとでも思っていたの?」
「すみません……」
 そう言うと、ジャンヌは項垂れた。
「何も、責めてなんかいないんですよ。だから、そんなに項垂れたりしないで」
 肩を落として項垂れるジャンヌに、苦笑しながら老婦人がそう言うと、彼女は首を横に振った。
「父や母にも、ここに来るのを止められましたので……」
「ひょっとして、泣かれた?」
「はい、母が……」
 そう言うジャンヌは、叱られた子供のように項垂れ、自分自身が泣きそうな表情になっていた。
「悪いことをしてると思っているの?」
「父や母には、悪いと思っています」
「でも、止めないのね?」
「はい」
 そう答えて、真っ直ぐ老婦人の顔を見るジャンヌに、彼女は溜息をついた。
「だったら、ちゃんと週末にうちにいらっしゃい。もし来て、うちのジャンに会ってくれたら、私からあなたのご両親に手紙を送りましょう」
「お、大奥様?」
「私が手紙を出すと、不満?」
「い、いえ、とんでもありません! 勿体無い位です!」
 顔を少し赤らめながら、首を横に振る彼女に、老婦人は微笑んだ。
「じゃあ、決まりね。今日は、これで失礼しましょう」
 そう言うと、彼女はその場を後にした。
「は、はい!」
 そう答えながら、彼女を見送るジャンヌは、まさかその兄と同じ名の男と会うことによって、国王がいるシノンまで彼に送ってもらうことになるとは、思いもしていなかった。