「そのように大仰に言わずともよい。今の私に実権は無いのだからな」
 楊の言葉に、アルテュールは苦笑しながらそう答えた。
「ですが、私の命の恩人には違いありません」
「私は、あのラ・トレムイユに一泡ふかせてやりたかっただけだ。その様に気にせずともよい」
「そう仰られましても……」
 そう言いながら、楊はチラリと彼の配下の男達を見た。
 10代にしか見えない若い男から30代位の大人までいるが、どの男も余計なことを言わず、又、余計なこともせずに、ただ忠実にアルテュールの命に従っているように見えた。
「この者達は、先年、元帥に就任した時に私の下に配属された者達だ。他にもまだおるが、暗殺者には弓兵が良いと思い、この者達を連れて参ったのだ」
「そうでしたか。失礼ながら、その……」
 楊が視線を下に落とし、遠慮がちにそう言いかけると、アルテュールは微笑んだ。
「元帥の座を追われたというのに、何故、この者達が私に従っておるのか、か?」
「はい」
楊がそう言って頷いた時だった。
「我らは皆、元帥閣下のみに忠誠を誓う者。世情の動きに流される程度の忠誠心とは、違います!」
 彼の近くにいた、最も年配の男がそう言ったのは。
「ほう……」
 楊はその言葉に目を見張ったが、当のアルテュールは苦笑した。
「未だにそなたらの忠誠に報いてはやれておれんがな」
「その様なこと……!」
 年配の男がそう言ってアルテュールの前に跪くと、他の者達もそれに倣った。
「私も……」
 それに、何故か楊も加わった。
「そなたまでか?」
 流石にアルテュールが苦笑しながらそう言うと、楊は頭を下げたままで続けた。
「これだけの者達に報酬が無くとも忠誠を誓われる御仁とは、どのようなお方なのか、この目で見とうございます。私もどうか末席にお加え下さい」
「私は別に構わんが、本当にいいのかね?」
「無論です。それに、決して損はさせません。私もここまで来ている以上、多少武術にも心得がありますし、何より東からもたらす品々の利益が、多少なりとも皆さんを潤すかと……」
 そう言いながら楊がチラリと兵士達を見ると、彼らは顔を見合わせ、微笑み合った。ホッとした表情で。
 いくらアルテュールが忠誠を尽くすに値する男であったとしても、兵士一人一人には其々家族がいる。それを養っていくには、金も要る。楊はそれを少しなりとも都合するというのだ。歓迎しない訳が無かった。
「……決まりだな」
 兵達の表情を見ながらアルテュールがそう言うと、楊もようやく顔を上げて微笑んだ。

 ――こうして彼は、アルテュールの傍らで働き始めたのだった。事務処理も弓や短剣も使える、有能な部下として。
 ラ・トレムイユの手前、名前は楊冶論ではなく、「ヨウジイ」になったが。