──数日後のある晴れた日の午後、バートはシモーヌの横で溜息をついていた。
「全く、いきなりあんな約束なんかして……。俺が一緒に受けてなかったら、どうするつもりだったんだ?」
 毛並みのいい、栗毛の馬の首筋を撫でる少女に、そう彼が言うと、彼女は微笑んだ。
「きっと、貴方なら来て下さると思っていました。マスターも、貴方は面倒見がよいとおっしゃっていましたし」
「それだけでかい?」
「実際、貴方のお顔を拝見して、そういう方だとも思いましたよ?」
 彼女の言葉に、バートは苦笑した。
「俺の顔でか? 優男(やさおとこ)風とは言われることがあるが……」
 その言葉に、少女も微笑んだ。
「ふふ、そうですね。私も安心しちゃった位なので、女性には特に人気でしょうね」
「馬鹿なことを。俺はこれでも、まだ独り身だぜ?」
「恋人はいるんでしょう?」
「いないよ」
「あらまぁ、残念」
 彼女の言葉に、今度はバートが苦笑した。
「おいおい、普通はいなくて安心、いたら残念、じゃないのか?」
「貴方にとって、残念ってことですよ」
「そうかそうか。自分にとって、チャンスだとは思ってくれないんだな。まぁ、いいが。君のことは、ジョルジュが狙ってるようだしな」
「あの方が、ですか?」
 そう言うと、シモーヌは彼と兄のマルクが守っているはずの荷馬車がある海沿いの通りの方を見た。
「まさか、あれだけ皆の前で言われて、気がつかなかったのか?」
「流石に、薄々気付きましたが……」
「負ければ、熱烈キスだそうだぜ?」
「勝てば、問題無いでしょ?」
「それはそうだが……」
「期待しています。バートさんの働きに」
 そう言うと、シモーヌは綺麗な毛並みの馬に跨った。
「私は、騎馬で撹乱しますので、あとはお願いします」
「俺にとどめをさせ、っていうのか?」
「そこまでいかなくても、荷馬車の破壊だけで充分かと」
「まぁ、頑張ってみるか。だが、マルクの防御は凄いし、攻撃だって、槍だから、前に出ると危ないぞ」
「注意します」
 そう言うと、彼女は手綱を引っ張った。
「では!」
 そして、それだけ言い残すと、その場を先に後にしたのだった。
「まったくもう、マスターも手間のかかるお嬢さんを任してくれるぜ」
 バートはそう言うと、溜息をつき、部下と共にその後を追ったのだった。