「お邪魔でしたか?」
 そう言いながら、黒マントの男が近付いて来たのは。
「ヨウジイ?」
 思わずその名を口にしたバートに、マントの男はフードで隠していた顔を見せ、微笑んだ。
 東洋人の割には彫が少し深めの顔に、疲れてはいるが、安堵の表情が浮かんだ。
「シモーヌなら、中にいるぞ」
「入っても構いませんか?」
「勿論」
「では、すぐ済みますので」
 そう言うと、ヨウジイは二人の間をすり抜け、中に入ってドアを閉めた。
「あんた、いいのかい?」
 それを目を丸くしていた女将は、バートをじろじろ見ながらそう尋ねた。
「新婚さんなんだろ? 奥さんを寝とられちまうんじゃないかい?」
「それは無いな」
 バートはそう言うと、にこりと微笑んだ。
 あいつはシモーヌのことを何より大事にしている。そんな奴が嫌がるあいつに無理強いするとは思えん。
 そう心の中で彼は呟いていたが、わざわざそれを口に出し、女将にまで教えてやる義理は無いと思っていた。
「だけどね、こんな暗くなってから、あんな若くて綺麗な奥さんと二人きりにしてやるなんて、どう考えても、危な……」
「もう済みました」
 女将が皆まで言わぬうちに、そう言ってヨウジイは中から出て来たのだった。
「も、もうかい?」
 女将が目を丸くしてそう尋ねると、東洋人の男は口の端を上げて笑った。
「ええ。物を一つ、渡しただけですから。あんたが期待していたことなど、何一つ、してませんよ」
「そ、そんな、あたしはそういうことを言ったんじゃ……」
「だったら」
 そう言いかけると、ヨウジイは女将を睨みつけた。東洋人にしては背が高い彼は、女将よりも少し背が高く、上から睨みつけられると、圧迫感の様なものを感じた。
「もう出て行ってもらえますかね? お嬢様には、これから大事な手紙を書いて頂かないといけませんから」
「お、お嬢様?」
 女将はそう言うと、閉まっているドアを見詰めた。
「そうかい、そうかい、分かったよ! じゃあ、これはここに置いておくから、三人で仲良くやんな!」
 女将はそう言うと、ヨウジイにトレイの上に残ったティーセットをトレイ毎渡すと、足早にそこに後にした。
「三人で仲良く……? それって、お嬢様がまるで……」
 彼女が言った言葉の意味が分かったヨウジイは、目を吊り上げ、彼女を追おうとしたが、それをバートが止めた。