小麦の穂が風になびき、金色の波のように見える。
 そんな中、白い布で頭を覆った少女の頭が何度か上下し、やがて腰をポンポンと叩きながら、額の汗を拭った。
「ジャンヌ、そっちの方は済んだか?」
「兄さん、もうすぐです」
 そう言って微笑む少女は、畑で働いているせいか赤く染まっていたが、目鼻立ちがはっきりしていて綺麗だというのが分かった。こんな田舎町の農家にはもったいない程に。
「俺はもう済んだから、手伝おう」
 そう言いながら、少女の方に近付いて来たのは、あまり背は高くはないが、浅黒い肌が男らしさを感じさせる少年だった。年は、少女より数歳上程度だろうか。
「ありがとう、兄さん」
 少女が微笑んでそう言うと、少年は白い歯を見せて笑った。
「ジャンは、ジャンヌに甘過ぎるんだよな」
 そう言いながら、他の方向からもう一人近付いて来た。こちらは少年というよりは青年という感じで、背もジャンと呼ばれた少年より高かったが、赤く日焼けした顔はよく似ていた。
「何だかんだ言って、ピエールも来てるじゃないか」
 ブスっとした表情でジャンがそう言うと、ピエールと呼ばれた青年はジャンヌを手伝いながらこう言った。
「まぁ、俺の方がお前より年長だしな」
「フン、偉そうに!」
 ジャンがそう言った時だった。
 バタッ。
 何かが倒れる音がし、二人が振り返ると、ジャンヌが倒れていた。
「ジャンヌ!」
 二人が同時に声を上げ、駆け寄って抱き起したが、彼女は目をつぶったまま、開けなかった。
「ジャンヌ、しっかりしろ!」
「聖……」
「何だ?」
 ジャンがそう言いながらジャンヌの唇に耳を近付けると、目を閉じたまま、彼女は小さな声で続けた。
「聖カトリーヌ様……マルグリッド様……ミカエル様……」
「聖カトリーヌに大天使ミカエル……?」
 妹が言った言葉に、ジャンは思わず兄を見た。
 が、兄も訳が分からず、目を丸くしたまま、心配そうに妹を見るだけだった。

 粗末な家の梁があらわになっている部屋のベッドで横たわる少女。
 先程は髪をまとめる為に、頭に布を巻いていたので分からなかったが、銀色に近い金髪がとても綺麗な少女だった。
「ジャンヌは、そんなに熱心な信者だったか? まぁ、教会には毎週通っていたが……」
 先程少女と一緒にいたジャンがピエールにそう尋ねると、兄は首を横に振った。
「俺よりお前の方が詳しいだろ? ずっとジャンヌにつきっきりなんだしな」
「お、俺は別に……」
 よく日焼けした顔を真っ赤にしてジャンがそう言うと、ピエールはその肩に大きな手を置いた。
「ほどほどにしとけよ。俺達は、兄でしかないんだ。いくらお前が可愛がって守っても、いつかは俺達から離れていく。よその男の所に嫁ぐんだぞ」
「それは分かってる! けど……何かさっきの調子じゃ、嫁ぐ前に修道女にでもなりそうな感じだったな……」
 ジャンはそう言うと、悲しげに顔をしかめた。
 ピエールはそんな弟の肩を、ポンポンと優しく叩いた。