そして、実際にエリザと話しあい、ちょうど彼女がシモーヌの乳母代わりのメイドとなった頃、彼女は赤ちゃんを病で亡くしていたので、シモーヌへの愛情は本物であったことを知ると、益々親子のようになったのだった。勿論、執事のいない所で。
 だが、そのメイドも去年、この世を去っていた。去年流行った病気で。
 しばらくシモーヌは落ち込んで、何も手につかない程だったが、そんな時に王の血筋の娘が農家の娘として育てられているらしいとの噂を耳にし、その子の為に働こうと誓ったのだった。
 ちょうどその頃、兄と慕っていたアルテュールも王太子ルイの未亡人のマルグリッド・ド・ブルゴーニュと結婚し、マルグリッドはシモーヌを何かと気にかけ、よく話をしたりするようになっていた。最初は「妹」とは名ばかりの娘か愛人だと思っていたらしいが、そうではなく、姪で、実の父の兄が育てることが出来ないので、彼に任せたというのも理解したので。
 とはいえ、実はこの頃、アルテュールはシモーヌのことを眩しく感じ始め、だからこそその気持ちを断ち切る為に結婚したというのが本音だった。シモーヌ本人にも妻のマルグリッドにも、口が裂けても言えなかったが。
 だが、流石、マルグリッドは女。気付いてしまっていた。だからといって、夫が彼女をどうこうしようと思うどころか、出来れば少し距離を置こうとしていることまでも。
 気付いていないのは唯一人、まだ若い少女のシモーヌだけだったのである。
兄上にバートさんのこと、いつか紹介出来るといいわね……。
 目の前で小さないびきをかきながら眠っているバートの顔を見ながら、シモーヌはそう心の中で呟いた。
 でも、そうなったらそうなったで、執事だの姉上だのが騒ぎそうだけれど。
 今度はそう呟くと、くすっと笑ったが、それでもバートは起きなかった。
 父上には……不要ね。どうせ私は、邪魔者でしかないのだから。
 そう呟くと、彼女は溜息をついた。
「随分、忙しいな。笑った後は、溜息か」
 その声に、彼女は目を丸くしてバートを見た。
 彼はいつの間にか目を開け、じっと彼女を見ていた。
「いつから起きてたんです?」
「さっきかな。溜息で少し目が覚めた」
「すみませんでした」
 そう言いながらシモーヌが頭を下げると、バートはその頭を軽く撫でた。
「だから、いいって、そういうの。お前が貴族の娘だということを知らしめたいのなら構わないが、それが嫌だというのなら、対等に、丁寧な言葉など使わないでくれ」
「はい……」
「まぁ、一夜限りの男だと思っているんなら、仕方ないがな」
「そんなこと、ありません!」
 御者にも聞こえるのではないかという位大きな声でシモーヌがそう言い、バートも苦笑した。
「分かった。分かったから、少し落ちつけ!」
「は、はい……」
 そう答えながら、シモーヌは顔を真っ赤にし、うつむいた。
「でもま、嬉しかったよ」
 そう言うとバートは彼女に微笑み、彼女は耳まで真っ赤にしてうつむいた。
「じゃあ、夫婦ってことにしても、大丈夫だな?」
「え?」
 だが、流石にそれには彼女も驚いたらしい。目を丸くして口を開けたまま、視線を右左に動かすものの、うまく言葉が出てこなかったので。
「ふ、心配するな。もう夫になったとは思ってないって。フリだけだよ、フリ」
「フリ……ですか?」
 そう聞き返すシモーヌの表情は、今にも泣きださんばかりだった。
「大丈夫。お前は俺にとって、一番大事な女だし、今では恋人だと思ってる。だから、時期が来たら、そういう風になろうとは思ってるさ。だがな、今は違うだろ。お前には、女の子を探すって任務がある。違うか?」
 シモーヌの頭をそっと撫でながらそう言うバートに、シモーヌはポロリと涙を流しながら頷いた。
「宿屋で部屋を取る時に、俺達は新婚夫婦ってことにする。いいな?」
「はい」
 そう答えながらも、シモーヌの頬は紅潮していた。