ゴトン、ゴトン……。
 少し音と揺れはあり、最初はバートも顔をしかめていたが、やがて慣れてきたのか、ウトウトし始めていた。
 その向かいに座ったシモーヌは、その顔を見ながら、ぼんやりと実の父と会った時のことを思い出していた。
 何故、急にそんなことを思い出しのか、自分でもよく分からなかったが、彼といるとまるで兄として育ててくれたアルテュールのことを思い出すからかもしれなかった。バートは黒髪で、アルテュールは金髪なので、見た目は全く異なるのだが、自分を大事にしてくれる男性ということは同じだったからかもしれない。

『大きくなったな』
 そう言いながら近付いて来たのは、アルテュールの兄というだけあって、顎髭も少し伸ばし、髪の色も金といううよりは少し白く見える男、ジャンだった。
 その顎髭を触りながら、反対の手でまだ彼らより背がずっと小さかった彼女の頭を撫でようと、彼が手を伸ばした時だった。
『旦那様、奥様があちらでお呼びになっておられます』
 屋敷付きの老執事のその言葉で、彼の手がピタリと止まったのをシモーヌは見た。
『分かった。すぐに参る』
 執事の顔を見ずに彼はそう答えると、弟にすまなそうな表情を向けた。
『アルテュール、ゆっくりしていくがよい』
 そう言うと、彼は屋敷に向かって歩いて行った。一度も振り返りもせずに。
『兄上も相変わらずだな』
 アルテュールは苦笑しながらそう言うと、その大きな手を今よりずっと背の低いシモーヌの金色に輝く頭に載せて撫でた。
『私達は帰るとするか』
『もうお話出来ないのですか? あの方が私の本当の父上なのでしょう?』
『そうだが、これ以上ここに居ると、辛い思いをするぞ? 兄上の奥方は、お前の母を身分卑しき者と嫌っておるからな』
『そう……なのですか?』
 そう尋ねる少女の瞳には、涙が溜まってきていた。
『綺麗で、清楚で、優しい感じの女性だったのだがな、メイドだったからね』
 最後の「メイド」という言葉に、シモーヌの目が大きく見開かれ、涙がぽろりとこぼれ落ちた。
メイドという身分の者には、物心がつく前から世話になっていた。着替え等を始めとして、身の回りの世話をしてくれたのが、そのメイドだった。いつも「お嬢様」と彼女のことを呼び、かしずき、慈しんでくれている存在だった。
 だが、まさか、自分の母も父にその様に接していた者だとは、思いもよらなかった。
 何か事情があって、共には暮らせないものの、病気療養か何かだと思っていた。皆が母のこととなると口をつぐむのは、その病が重いからだと思っていた。そういうことを暗示させるようなことを言われたことがあったので、てっきりそうだと思っていたのだった。そして、その病故に、自分は本当は伯父にあたる元気なアルテュールに預けられたと思っていた。
 もっとメイドに優しくしなくては……。
 シモーヌは密かに心の中でそう思った。
 別に今まで厳しく接したり、ましてや嫌がらせなどするどころか、母のいない寂しさをメイドに埋めてもらい、いつしかメイドなのか乳母なのか分からない程になっていたが、時折それをリッシモン家の執事に注意されていたので、良くないことかと思っていたのだった。
 だが、もう、自分の母もメイドだったと知ってしまえば、良くないとは思わない。優しくしよう、そう思うと同時に、自分の母代りになってずっと傍にいてくれるエリザはどうなのだろうかと少し心配にもなった。
 帰ったら、色々エリザと話しあわなくては……。