「何が言いたいのだ、マルグリット! 私に変なことを無理やりにでも言わせるつもりか?」
「あの子がとても素直でいい子で、その上、貴方の姪である証拠に美人なのも認めます。でも、あなたの愛情のかけ方は、異常ですわ」
「異常だと?」
 アルテュールはその言葉に、顔を引き攣らせ、目を吊り上げた。
「ええ。素直じゃないと言えば、聞こえはいいかもしれませんが、愛し、信頼している子をわざわざ下賤な者の居る所に置くだなんて、正気とは思えません。私に遠慮なさっているのでしたら、もうおやめになって、すぐにあの子を呼び戻して下さいませ」
「いい加減にせぬか、マルグリット!」
 いつもあまり怒らないアルテュール・ド・リッシモンはそう叫ぶと、傍にあった階段の手すりをドンと叩いた。
「あやつにさせているのは、陛下に連なる血筋の娘の捜索なのだ! その様なこと、どこの馬の骨とも分からぬ者にさせられると思ってか?」
 夫、アルテュールのその言葉に、流石に妻も目を丸くした。
「では、まさか、陛下の……?」
 すると、アルテュールは溜息をつき、小さめの声で続けた。
「正確に言えば、今の陛下の、ではない。先の方の、だ」
「まぁ!」
 マルグリッドが思わず声を上げると、夫は妻に近付き、囁くように言った。
「分かっておるな? これは、本当に機密事項なのだぞ」
「ええ……。ですが、1つだけお聞きしたいことがあります」
「何だ?」
 少しウンザリした表情でアルテュールがそう聞き返すと、妻はじっと夫を見詰めながら尋ねた。
「何故、あのヨウジイではなく、シモーヌなのです? あの者でも良かったのではありませんか?」
「何だ、そのようなことか……」
 アルテュールはそう言うと再び溜息をついたが、妻はムッとした表情で夫を睨みつけた。
「そのようなこと、ではありませんわ! これから嫁がせるべき娘に危ない橋を渡らせるよりも、男にさせるべきでしょうに」
「愚かな女だな」
 そう言うアルテュールの表情には憐れみが浮かんでいたが、それが彼女には馬鹿にしているとしか映らなかったようだった。
「何が愚かなのです! 当たり前のことではありませんか!」
「何が当たり前だ! 田舎の農家の娘として育った子が、いきなり陛下の親戚だなどと言われるのだぞ? 混乱するとは思わぬのか?」
「それは……」
「そういう時に、自分とあまり年の変わらぬ娘がいたら、どうする? 頼りにするとは思わぬのか?」
「はい……」
 マルグリッドが小さな声でそう答えると、アルテュールは溜息をついた。
「つまりは、そういうことだ」
 彼はそう言うと、フンと小さく鼻を鳴らしてそこを後にした。
 一人、ホールに残された妻は、ギュッと拳を握りしめ、その後姿を見送りながら涙を流した。
 貴方のおっしゃることは分かります。もっともな意見なのだろうとも思います。ですが、いつも私を馬鹿にして、見下してらっしゃる。シモーヌやヨウジイ程、貴方の意を汲んで行動することは出来ませんが、これでも私は貴方の妻なのに……貴方は私を見ようともなさらない……。
 結局、彼女と彼の間に子供が出来ることはなく、彼女は16年後、この世を去るのだが、この時の彼女は、そんなにも彼の傍にいるとは思いもしなかったのだった。