「お話は終わりましたの?」
 上品で落ち着いた声がそう言いながら、ホールに入って来たのは。
「奥方様……」
 ヨウジイはそう言うと、軽く礼をして、その場を後にした。
「マルグリット、もう体調は良いのか?」
「ええ、お蔭様で、アルテュール」
 そう言いながら、栗色の長い髪を上品に束ねた彼女が、その白く細い手を差し出すと、リッシモンはその手を取って、優しくキスをした。
「シモーヌはまだ戻ってきませんの?」
「ああ。まだやることがあるのでな」
「女だてらに密偵まがいのことなどしていては、益々嫁ぐのが遅れてしまいやしませんか?」
 すると、リッシモンは微笑んだ。
「行き遅れなど、お前が気にするとはな。お前とて、シモーヌの年よりずっと後で私と結婚したではないか」
「まぁ、政略結婚ですから」
 さらりとそう言って微笑む黒髪の妻に、夫のアルテュールは少し困った表情になった。
 シモーヌが被っていたカツラと同じ黒髪だったが、彼女の髪はその体調のせいか、少しくすんでいるように見えた。
「そんなに後悔しているのか? だから、ここの所、体調が悪いのか?」
「いえ、シモーヌがいなくて、寂しいだけですわ。あの子、最初はあなたの子供かと思って冷たくしたんですが、本当にいい子でしたし、今はもう、姪だと言うことが分かりましたもの」
 そう言うと、マルグリットは微笑んでみせたが、どことなく、その微笑みには力が無いような気がした。
「そうか。まぁ、本当の父親が兄上だということは、秘密にしておいてくれよ。でないと、引き取った私の立場が無い」
「ええ。分かっておりますわ。でも……」
 そう言いかけると、マルグリットは肩にかけているケープの端をつまんで、上目遣いで夫を見た。
「貴方があの子のことを秘密にしておきたいというのは、本当にそれだけなんですの? 妹でも姪でもなく、一人の女として、あの子を……」
「又、それか!」
 アルテュールはそう言うと、溜息をついてむこうを向いた。
「私とあの子がいくつ離れていると思っておるのだ? 17だぞ?」
「それ位年の離れた夫婦など珍しくありませんわ。特に王族なら、尚更」
「私は、貴族ではあるが、王族ではない」
「親戚は親戚でしょうに。先のアラゴン王女の信任も得て、元帥にまでなられたお方が何をおっしゃいますやら」
 妻のその言い方に、夫は再び溜息をついた。